戦神のベランダ菜園

 さあ、団地四階ベランダよりお送りします、夏野菜選手権決勝! 赤鉢軍を率いるのは、かつて大陸戦争を百二十勝した戦神ドゥラガルです!

「全軍、朝日を受けよ! 水分補給、開始!」

 じょうろが高々と掲げられた! しかし勢いが強すぎる! 土が流れる、苗が傾く! 隣のベランダから冷静な助言です。

「根元へ静かにやりなさい」

「戦場で静かに水を配れるか!」

「ここは団地です」

 戦神、開幕から劣勢!

 ドゥラガルが育てているのはミニトマト三株。退役後、「何か命を育てる趣味を」と勧められて始めました。ところが本人は栽培を軍事作戦と解釈。支柱を城壁、肥料を兵站、園芸手袋を聖なる籠手と呼んでおります。

 第三週、敵襲! アブラムシ部隊が葉の裏へ展開!

「卑怯者め、正面から来い!」

 戦神は大剣を抜いた! おっと、管理組合が即座に笛を鳴らす!

「刃物禁止! 牛乳を薄めて吹きかけなさい」

「乳で戦えというのか」

「効きます」

「神々の戦史にない戦法だ……」

 しかし効果は絶大。アブラムシ軍、撤退! ドゥラガル、牛乳霧吹きを新兵器として採用です。

 第六週、空から黒い影! カラス一羽が熟しかけた実を狙う!

「防空陣形!」

 洗濯ネットが展開されました。ただし妻の下着用ネットです! 直後、室内から強烈な叱責! 戦神、神代以来の大敗!

 そして迎えた収穫の日。三株から採れた実は、わずか一個。真っ赤で丸い、堂々たる一個です。

「この勝利の果実は、余が食す」

 ドゥラガルが口へ運ぼうとした、その時。下の階の子どもがベランダ越しに言いました。

「おじさん、それ、ずっと育ててたやつ?」

「そうだ」

「甘い?」

「知らぬ。まだ誰も食べていない」

「じゃあ半分こしよう」

 戦神、停止。かつて領土を一寸も譲らなかった男が、包丁でトマトを二つに切ります。

「酸っぱい!」と子ども。

「うむ、酸っぱい!」

 両者、顔をしかめて笑った! これは引き分けか、否、共同勝利か!

 翌朝、ドゥラガルは新たに十鉢を並べました。管理組合から「避難経路を塞ぐな」と警告が入ります。

「次こそ甘い実を量産し、団地全戸へ配る!」

「まず二鉢に減らしなさい」

 戦神の第二次ベランダ戦役は、開戦前に規約によって縮小されたのであります。