抱きしめる量を指定してください
藤袴未知留が里親登録をした日、家庭支援AIは愛着調整チップの装着を勧めた。
血縁のない子どもへの愛情は、親側の期待と子ども側の警戒が噛み合わず破綻しやすい。そこで最初の一年だけ、親しさ、保護欲、苛立ちの上限を数値で整える。未知留は迷った末、標準設定を選んだ。
七歳の麦乃が家へ来ると、チップはよく働いた。牛乳をこぼされても腹が立たず、夜中に戸棚を荒らされても穏やかに片づけられた。麦乃が「どうせ返すんでしょ」と言うたび、胸には適量の切なさが流れ、未知留は教本どおり抱きしめた。
支援員は経過を褒めた。養育反応八九点、怒声ゼロ、接触回数適正。けれど麦乃は、抱きしめられるたび身体を硬くした。
ある夜、麦乃が未知留の大切にしていた陶器の鳥を床へ落とした。母の形見だった。破片が散り、未知留の胸で怒りが立ち上がる前に、チップが甘い鎮静を流した。
「怪我はない?」
未知留が笑うと、麦乃は急に泣き出した。
「なんで怒らないの」
「失敗は誰にでもあるから」
「わざとだよ。怒って返してほしかったんだよ」
麦乃は、何をしても同じ優しい顔をする未知留が怖いと言った。以前の家では、機嫌が良い日と悪い日で大人の手が変わった。だから先に壊し、どの程度で捨てられるか確かめていたのだ。
未知留は初めて、麦乃の試験に自分が一度も答えていなかったと気づいた。チップの停止には支援員の許可が必要だったが、彼女は緊急解除を押した。
怒りと悲しみが一気に戻り、声が震えた。
「それは、お母さんがくれたものだった。壊されて、ものすごく悲しい」
麦乃は息を止めた。
「でも、あなたを返したいとは思ってない。今は一人で片づけられないから、手伝って」
二人は泣きながら破片を拾った。翌朝、未知留は初めて寝坊し、朝食を焦がし、麦乃に八つ当たりしかけて謝った。
支援AIは養育安定度の低下を警告した。未知留はチップの再設定画面で、愛情も怒りも補助なしを選んだ。
その後の一年は標準から遠かった。麦乃は何度も嘘をつき、未知留は何度も声を荒らげた。それでも二人は、怒ったあとに戻る場所を覚えた。
正式な養子縁組の日、麦乃は接着した陶器の鳥を差し出した。ひびだらけで、片方の翼が少し短い。
「まだ怒ってる?」
「少しね」
「じゃあ、まだ家族だね」
未知留は笑った。今度の笑顔は、どこにも数値が表示されなかった。