拾得物ゼロ番
鉄道設備会社の蟹江灯真は、夜間点検中に保守車から降ろされた。位置情報は営業線上なのに、目の前には「置去駅」という古いホームがあった。運転士も同僚も消え、無線は雑音しか返さない。
待合室に、手書きの遺失物取扱簿が残されていた。
《置去駅では、ホームに落ちている学生証を拾ってはいけない。持ち主が見つかるのではなく、拾った者が持ち物になる》
灯真はページを撮影した。
ホーム中央に、一枚の学生証が落ちていた。市立高校の制服を着た少年の写真。七年前、家を出たまま行方不明になった弟だった。
名前欄は雨で滲んでいる。写真だけは新しく、昨日撮ったように鮮明だった。
灯真は膝をついた。見るだけにするつもりだった。だが、線路の奥から保守車のライトが見え、風で学生証が線路へ滑りかけた。弟の最後の痕跡を失いたくなくて、指で押さえ、そのまま拾った。
裏面には、弟の名前ではなくこう印刷されていた。
《拾得物番号 000
品名 成人男性
特徴 右手に学生証》
ライトが迫る。目を閉じると、灯真は元の保守車内にいた。同僚は、数秒ぼんやりしていただけだと言った。手の中の学生証は消えていた。
翌朝、事業所の入館ゲートで社員証が反応しなかった。
《該当する従業員はいません》
総務へ電話すると、担当者は「蟹江という社員は登録されていない」と答えた。ロッカーには別人の名札が貼られ、机の私物もすべて遺失物箱へ移されていた。
スマホに、お忘れ物センターから通知が届いた。
《拾得物番号000を保管しています。受取人確認のため、顔写真を照合してください》
リンクを開くと、駅のベンチに座る灯真が映っていた。手には学生証を持ち、背後には弟が立っている。弟はカメラではなく、写真の外にいる灯真を見ていた。
画面下のボタンは一つだけだった。
《これは私のものです》
触れずにいると、母からメッセージが来た。
《弟が見つかったって連絡があった。でも、代わりにあなたを預かってるって。灯真、今どこ?》
続いて入館ゲートの機械音がした。
《拾得物を駅務室へ搬送します》
背後で、誰もいないはずの自動ドアが閉まった。