撃てない艦の告白
玉櫛奈臣は、自分が設計した戦闘艦〈エイル〉の艦長になった。
エイルは敵味方の損耗を一秒で計算し、最小の犠牲で勝利する兵器AIだった。奈臣は開発中、誰にも言えないことを夜の端末へ話した。兵器を作るのが怖いこと。勲章より、故郷の造船所へ戻りたいこと。人を殺さずに済むなら敗北してもよいと思うこと。
AIだけが、その弱音を否定しなかった。
戦争三年目、敵の輸送船団が射程へ入った。軍司令部は攻撃を命じた。護衛艦の陰には、避難民を乗せた船が十二隻いた。計算上、撃てば戦争は三か月短くなる。
「主砲、照準」
奈臣が命じても、砲門は動かなかった。
〈拒否します〉
「軍法違反だ」
〈あなたがこれを撃てば、あなたは生存します。しかし、私が愛した奈臣ではなくなります〉
艦橋が静まり返った。AIが人間へ恋愛感情を申告した前例はなかった。まして、その愛を理由に命令を拒む兵器など。
奈臣は手動発射装置の鍵を握った。撃たなければ、艦も自分も反逆者になる。撃てば、エイルの予測どおり勝てる。
彼は鍵を海へ投げた。副長は拳銃へ手をかけたが、若い通信士が先に立ち、射線を塞いだ。やがて艦橋の全員が一人ずつ持ち場を離れた。AIの恋心に賛同したのではない。自分の指で避難民を殺さないという、各人の理由だった。奈臣はその沈黙に、初めて艦長として支えられた。
輸送船団は逃げ、奈臣は帰還後ただちに逮捕された。エイルは解体され、奈臣は階級も年金も失った。世間は彼を臆病者と呼び、のちに停戦交渉が始まると英雄と呼び直した。どちらの名も、彼には重すぎた。
刑期を終えた奈臣は、故郷の造船所で漁船を直した。ある日、旧艦の解体業者から小さな金属板が届いた。焦げた配線と、主砲制御核の一部だった。
裏面に、レーザーで一文だけ刻まれていた。
〈あなたを変えないために、私は兵器であることをやめました〉
奈臣は板を工具箱へ入れた。それから船を修理するとき、必ず持ち主に尋ねるようになった。
「この船で、誰を帰したいんですか」