撮影人数、一

環奈は写真館の予約フォームを、三日間閉じられずにいた。

商店街の古い写真館が、改装前の記念企画として「二十九歳の肖像」を募集していた。撮影日は、環奈が三十歳になる前日。衣装は自由、写真は一枚だけ。料金も手頃だった。

けれどフォームの〈撮影人数〉に「一」と入れるたび、指が止まった。

子どもの頃の写真には、いつも誰かが隣にいた。大人になってから写真館へ行く人も、たいてい恋人や家族と一緒だと思っていた。一人で正装し、照明を浴びることが、「この先も一人です」と宣言する行為に見えた。

クローゼットから、二着の服を出した。無難な紺のワンピースと、去年買ったまま着ていない山吹色のドレス。山吹色は、いつか誰かと特別な場所へ行く日のために取っておいた。値札は外したのに、その「いつか」だけが裾に縫いついたままだった。

予約締切の夜、写真館から確認の電話があった。

「入力途中のデータが残っています。撮影人数は、お一人でよろしいですか」

環奈は反射的に「少し考えます」と答えた。

受話器の向こうで店主が待っている。環奈の頭には、二つの写真が浮かんだ。紺の服で小さく笑う自分と、山吹色の隣にまだ知らない誰かが立つ写真。

けれど二枚目は、今は撮れない。撮れない写真のために、今日の自分を残さない理由にはならないはずだった。

「一人です」と言い直した。「山吹色の服で行きます」

撮影当日、店主は椅子を二脚用意していた。環奈は一脚だけ中央へ動かし、もう一脚は壁際へ戻した。空席を演出したくなかった。欠けているものの写真ではなく、今いる一人の写真にしたかった。

シャッターの直前、将来この写真を見て後悔するかもしれないと思った。あの頃もっと必死に誰かを探せばよかった、と感じる日もあるだろう。

それでも環奈はレンズを見た。

撮影後の注文票に〈焼き増し一枚〉と記入する。誰に渡すかは決めていない。未来の自分が、棚の奥から見つければいい。

環奈は写真を残すことにした。一人でいた事実を美談にせず、隠しもせず、その日の山吹色ごと引き受けるために。