放課後の壁画

小学校の階段には、二十年前の卒業生が描いた壁画がある。

青い町、黄色い川、空を飛ぶ子どもたち。

図工教師はその制作を指導したが、今では作者の顔をほとんど覚えていなかった。

退職前の最後の放課後、終業のチャイムが鳴り終わると、壁画の子どもが一人、雲の上から話しかけた。

「先生、また直したね」

教師は刷毛を落とした。

壁画の人物は、最後のチャイムが鳴ったあとだけ話した。

「何を」

「私たちの絵」

壁画には、教師が毎年少しずつ塗り直した跡がある。

薄れた青を濃くし、剥がれた線を整え、子どもが落書きした部分を元へ戻した。

作品を守ってきたつもりだった。

「だって、消えるでしょう」

「消えていいところもあるよ」

「君たちが描いた物なのに」

「先生の絵になってる」

教師は壁を見上げた。

黄色い川は、最初もっと茶色かった。

空を飛ぶ子どもの一人には、左右で大きさの違う羽があった。

教師は見栄えをよくするため、何年もかけて整えてしまった。

「怒ってる?」

「ううん。先生、きれいにするの好きだったから」

「嫌だった?」

「私たち、下手だったのも残したかった」

教師は、授業でも同じことをしてきた気がした。

線を直し、色を勧め、完成に近づける。

子どもが迷った跡を、失敗として消していた。

翌日、教師は退職記念の修復作業を取りやめた。

代わりに、壁画の横へ白い壁を一面用意した。

現在の児童へ、

「続きを描いてください。前の絵へはみ出しても構いません」

と伝えた。

子どもたちは遠慮なく描いた。

青い町へ赤い電車を走らせ、黄色い川へ巨大な魚を入れた。

誰かの緑の線が、古い空を飛ぶ子どもの足へ重なった。

教師は直さなかった。

最後のチャイムが鳴った。

古い壁画の子どもが言った。

「先生も描けば」

教師は白い壁の隅へ、小さな椅子を一脚描いた。

羽も、雲もない。

ただ、絵を見ている人のための椅子だった。

「下手だね」

壁の子どもが笑った。

「知ってる」

教師も笑った。

退職後、壁画はさらに変わった。

新しい学年が線を足し、古い色は少しずつ隠れた。

それでも写真を撮るたび、雲の上の子どもの笑顔だけは、塗り直した頃より生き生きして見えた。