文字の消えた札が透明な魔王を捕える
北門の兵士が、何もない空間に喉を裂かれた。
姿も魔力も匂いもない敵が、城内へ入っている。結界は「存在を確認できるもの」しか拒めず、術師の探知魔法は空を滑った。次の鐘が鳴れば、避難所の扉が開く。そこには千人が集まっている。
結界係のカナメは、倒れた門番のそばに落ちた小箱を拾った。侵入時に砕けた門の守護獣が残した、今回一度きりの討伐品だ。
中身は、紐のついた白い荷札だった。文字は一つもない。
【コモン:無記名札】
【持ち主の分からないものに付けてください】
「ごみだ。捨てろ」
隊長が言う。
カナメは札を握り、血痕のない石床を見た。敵は存在しないのではない。誰にも名づけられていないから、世界の規則から外れている。
彼は避難所へ続く回廊の中央に立ち、札を前方へ投げた。
白い紙は途中で止まった。
紐が、見えない何かの首へ巻きつく。紙面に墨が滲み、読めないほど古い文字が一画ずつ現れた。その名が完成した瞬間、空間がひしゃげ、六本腕の魔族が姿をさらした。
隊長の剣が動くより先に、城の結界が反応する。
名を得た侵入者は、もう規則の外ではいられない。床と壁から鎖状の光が伸び、魔族を札ごと縛った。抵抗のたびに真名が輝き、力を一つずつ封じていく。最後には指一本動かせず、収監陣の中央へ座り込んだ。
魔族は真名を読まれる前に札を引き裂こうとした。見えない爪が紙へ触れた瞬間、その爪にも同じ文字が刻まれる。腕を切り離して逃れようとすれば胴へ、影へ潜れば影へ。名は傷ではなく存在そのものへ貼りついていた。
隊長は剣を収めた。斬れば正体を再び失う危険があると、カナメの判断をその場で認めたのだ。
避難所の鐘が鳴った。扉は安全に開き、人々は何も知らず朝の配給を受け取る。
カナメは札に現れた名を記録帳へ写し、空欄だった「侵入者」の欄を埋めた。
すると記録帳の余白に、金の文字が自動で刻まれた。
【未定義存在への世界初命名に成功――神話級SSR《万象名札・名なきものを法へ戻す》】