星尾狐は帳簿を燃やさない
王国会計院の書庫で火の手が上がった、と叫び声がした。
駆けつけた役人たちが見たのは、帳簿の山にうずくまる銀色の狐だった。七本の尾の先に星火を灯す聖獣、星尾狐。嘘の契約を焼く守護者だが、ひとたび怒れば王都の記録すべてを灰にすると伝わる。
「不正を裁きに来たのだ!」
「いや、魔獣化している。水をかけろ!」
皆が勝手な意味をつける中、末席書記のマルカは狐の前脚を見ていた。
星尾狐は炎を吐いていない。右の肉球を持ち上げ、舐めようとしては痛そうに顔をしかめている。床には赤い封蝋が滴っていた。火事ではなく、書庫番が慌てて落とした蝋燭台だ。
「その子、封蝋を踏んだだけです」
上司は鼻で笑った。
「聖獣がそんな間抜けな真似をするものか」
間抜けかどうかは傷の痛みと関係ない。
マルカは洗面桶に水を汲み、書類を乾かすための風石を止めた。冷やしすぎれば固まった蝋が毛ごと引きちぎれる。まず人肌の湯を用意し、自分の掌を浸して温度を見せた。
星尾狐が尾を逆立てる。七つの星火が一斉に明るくなり、役人たちは棚の陰へ隠れた。
マルカは机の下へ座り、視線を低くする。
「帳簿は燃やしていいけど、足は見せて。たぶん、そっちのほうが大事でしょう」
狐はしばらく彼女を睨んだあと、傷ついた前脚を一歩だけ差し出した。
銀毛の間に、王家の印を刻んだ赤い蝋がこびりついている。マルカは湯で柔らかくし、骨筆の丸い背で少しずつ剥がした。最後の一片の下には、小さな水ぶくれがあった。
冷却草を薄布に包んで当てると、狐の耳がようやく立つ。
お礼のつもりで、マルカは残業用の干し杏を差し出した。星尾狐は一つ食べ、二つ目を尾で自分の前へ寄せた。
長官が棚から出てくる。
「よし、鎮まったな。聖獣は院長室で管理する」
その瞬間、七本の尾が長官の足元の帳簿を一冊だけ引き抜いた。表紙が星火に触れ、隠し帳簿の文字が浮かび上がる。
騒然とする役人たちを無視し、狐はマルカの膝へ丸く収まった。彼女の指先に七つ星の契約印が灯る。
「私、ただの書記なんだけど」
星尾狐は干し杏を噛みながら目を細めた。
細い体に見えたのに、七本の尾まで載ると膝はたちまち埋まった。銀の毛はさらさらと温かく、その重みは、どんな役職印よりも正しい仕事をした証に思えた。