星熊が眠るまで
星熊が牧場へ降りてから、三日三晩、誰も眠れなかった。
夜空の斑点を背負う巨熊は、柵の外をぐるぐる回り続けていた。ひと声吠えれば星が落ちると伝わる神獣だ。村人は納屋へ籠もり、狩人は毒矢を番えた。
羊飼いのトビアスだけは、熊の足音を数えていた。
十二歩進み、立ち止まり、首を右へ振る。それを何度も繰り返す。獲物を狙う歩き方ではない。何かから逃げたいのに、逃げられない歩き方だ。
羊が寄生虫で眠れなくなった夜も、同じように柵沿いを回った。怖いものほど、よく見ろ。亡くなった祖父が教えたのは、勇気ではなく観察だった。トビアスは戸板の隙間から、熊が首を掻こうとして届かず、爪を空振りするところまで見届けた。
四日目の明け方、月明かりが首元を照らした。
厚い毛の奥で、鉄が光った。
「罠の輪だ」
昔、領主が神獣狩りに使った首輪。鎖は切れていたが、輪だけが食い込み、動くたび毛と皮膚を擦っている。
村長は「近づけば食われる」と腕を掴んだ。トビアスはその手を外し、羊の毛刈り鋏と油を持った。
柵を越えると、星熊が立ち上がる。
夜そのものが壁になったようだった。狩人の矢が震える。
「眠れないんだろ」
トビアスは地面に鋏を置き、首を傾けてみせた。
星熊も同じ方向へ首を傾ける。金具が毛の下で軋んだ。
「それ、取らせて」
巨熊が前脚を下ろし、腹ばいになった。なお頭は荷車より高い。
トビアスは毛を少しずつ切り、錆びた輪を露出させた。油を差し、鋏の柄を隙間へ入れる。力を込めると金具が割れた。
星熊が大きく息を吸う。
狩人たちが一斉に矢を引いたが、熊は吠えなかった。
首を何度も振り、自由になった毛を膨らませる。割れた輪を前脚で踏むと、錆びた鉄は土へ沈んだ。星熊は狩人たちを振り返ったが、復讐する代わりに大きな欠伸を一つした。
そして柵をまたぎ、トビアスの羊小屋へ入った。
羊たちは逃げるどころか、その腹へ寄っていく。
星熊は干し草の上に倒れ、ようやく目を閉じた。トビアスが座ると、巨大な前脚が膝へ乗る。
空の匂いがする黒い毛の中で、星明かりがゆっくり瞬いていた。脚は石臼ほど重かったが、その重みの下から、四日ぶりの穏やかな寝息が伝わってきた。