替え玉は固めで
【通信記録 受験前日 二十二時十四分】
柊元珠季:替え玉をお願いできますか。
店主:一玉でよろしいですか。
珠季:一人分です。
店主:硬さは?
珠季:頭の回転が速い人がいいです。
店主:では硬めですね。
珠季:見た目は僕に近いほうが。
店主:細麺で承ります。
珠季:細身です。眼鏡も用意できますか。
店主:眼鏡はありませんが、紅しょうがは無料です。
珠季:変装に紅しょうが?
店主:お好みで。
珠季:明朝九時、県立試験センター前に来られますか。
店主:出前区域外ですが、人生がかかっているとのことなので特別に。
珠季:助かります。報酬は?
店主:百五十円です。
珠季:安すぎませんか。
店主:原価高騰で、去年より二十円上げました。
珠季:秘密は守れます?
店主:丼に蓋をして運びます。
珠季:頼もしいです。
珠季はスマートフォンを伏せ、胸をなで下ろした。資格試験の勉強をさぼり、前夜になって替え玉受験を思いついたのだ。検索で見つけた『替玉迅速・深夜対応』という店へ連絡した。百五十円なら、失敗しても痛くない。
翌朝、試験センター前に、白い軽自動車が止まった。降りてきたのは鉢巻き姿の中年男性だった。手には岡持ち。
「柊元さん?」
「はい。あなたが替え玉の方?」
「伸びないうちにどうぞ」
「伸びない?」
蓋を開けると、豚骨ラーメンが湯気を上げていた。その横に、麺だけが一玉。
「人じゃない!」
「麺です」
「試験を代わりに受けてほしかったんです!」
「それは犯罪です」
「昨日の会話で気づかなかったんですか」
「眼鏡と紅しょうがの辺りで、変わった客だとは」
「百五十円で人が来ると思います?」
「思ったから頼んだんでしょう」
正論だった。
珠季はベンチでラーメンをすすった。店主は腕時計を見た。
「あと十五分。替え玉まで食べるなら急いで」
「もう落ちる気しかしません」
「腹が減ったまま受けるよりましです。本人が受けなきゃ、受かっても腹に残らない」
珠季は黙って麺を飲み込み、受験票を握った。
一か月後、合格通知が届いた。店へ報告に行くと、店主は丼を置いた。
「お祝いの替え玉です」
「今日は頼んでません」
「本人確認済みなのでサービス」
替え玉は来たが、受験したのは本人だった。