最後の高音
幕の向こうで、老いた司教たちが裸になって待っていた。
少女聖歌隊が一音歌うたび、その音を受けた者へ歌い手の寿命が一年移る。教会はこれを《若返りの賛歌》と呼び、孤児たちには「声が天国へ届いた証」と教えてきた。
十七歳のリュシアは、最前列に立っていた。
指揮者コルダンが杖を上げる。第一音。
司教の背筋が伸び、リュシアの指に小さな皺が生まれた。
第二音。司教の白髪が黒くなる。少女の膝がきしむ。
祭壇下の聴衆は奇跡に酔い、金貨を投げた。誰も、歌い手を隠す黒幕の内側を見ない。昨年の少女たちは、今も地下で老人の身体を横たえている。
三音目へ入る直前、外から扉を叩く音がした。熱病の避難民たちだ。献金がないため締め出され、冷たい石段で息を失いかけている。
リュシアは譜面を閉じた。
「何をしている」コルダンが囁く。
賛歌の寿命は、歌い手が視線を向けた者へ流れる。彼女は黒幕の裂け目から、外の群衆を見た。
そして、指揮を待たずに歌った。
一音で、扉際の幼子が起き上がる。
二音で、母親の熱が下がる。
三音、四音、五音。外套の下でリュシアの背が曲がり、髪から色が抜ける。
司教たちが幕を開けて止めようとした。聴衆は初めて、若返った聖職者と、急速に老いていく少女を同じ視界に収めた。
「歌は我らのためだ!」
リュシアは返事の代わりに高音を伸ばした。
窓硝子が割れ、大扉の閂が震えて落ちる。病人たちが聖堂へなだれ込み、彼女の歌を浴びた。肌の斑点が薄れ、濁った目が光を取り戻す。
二十音目で歯が抜けた。
三十音目で腰が折れた。
四十音目で胸の奥が、古い扉のように軋んだ。
コルダンが杖を振り下ろしたが、聖歌隊の少女たちが彼へ飛びついた。リュシアは祭壇へ手をつき、最後の一人を見つめる。石段で動かない赤子だった。
残っている寿命が何年かは分からない。
彼女は最後の高音を一つだけ歌った。
赤子が泣いた。
その声に、聖堂中の人々が振り返る。
祭壇の前には、白髪を床まで垂らした老婆が立っていた。祭服は少女の寸法のまま、骨ばった肩からずり落ちている。
「リュシア」と仲間が呼ぶ。
老婆は笑った。声だけは十七歳のまま、澄んでいた。
けれど笑みの周りには、教会が売ろうとしていた七十二年分の皺が刻まれていた。