朝食は九膳

八鹿広暉は二十六歳の料理写真家で、山菜料理の取材のため篭実村の民宿に泊まった。その晩の客は、広暉を含めて八人だった。

玄関の宿帳にも人数は八。ところが翌朝、囲炉裏の周りには九膳並んでいた。九つ目だけ、白飯の中央が指で押したように窪んでいる。

広暉は撮影用のメモを開いた。

【民宿聞き取り】

村では旅人の食べ残した匂いを「道腹」と呼ぶ。道腹は人数に数えず、膳だけ置く。

宿帳の注意:《朝食の膳数に合わせて、宿泊人数を書き直してはいけない》

宿の主人が山へ出たあと、広暉は写真のキャプションを整えた。「宿泊八名、朝食九膳」では説明が面倒だ。帳場の数字が間違っていることにすれば記事が簡単になる。彼は一度だけ、宿帳の「8」に縦棒を足して「9」にした。

囲炉裏から箸の触れ合う音がした。

振り向くと、空だった九膳目の飯が半分に減っている。ほかの客は誰も気づかない。集合写真を撮ると、画面の人数認識は《9人》と出たが、顔の枠は八つしか表示されなかった。

帰京後、広暉の料理アプリは何を撮っても九人前と判定するようになった。一人分の弁当も、カップ麺も、冷蔵庫の卵一個も《推奨人数9》になる。

撮影した集合写真を拡大すると、空席の箸だけ角度が毎枚違っていた。画像共有サービスはそこへ人物タグを付け、《八鹿家のメンバー》として分類した。スーパーのセルフレジでは買い物かご一つに対して会計が九分割され、見知らぬ八枚のポイントカードへ加算される。広暉が自炊をやめても、玄関前には毎朝、湯気の立つ白飯が八パック置かれた。

仕事先の飲食店でも、広暉が席へ着くと厨房が九人前を作り始めた。予約台帳には八つの空欄が先に埋まっている。

修理に出す前夜、スマート冷蔵庫から通知が来た。

《朝食の準備が不足しています。現在の居住者:9名》

広暉が一人暮らし設定へ戻すと、庫内カメラが自動で開いた。暗い棚の奥に、白飯を押した指の跡が九つ並んでいる。

音声アシスタントが普段どおり尋ねた。

「八鹿様を除く八名分も、朝食を注文しますか?」