未開封の回覧
藤ヶ崎沙良の机には、締切を過ぎた封筒ばかり置かれた。
「また処理が遅れたな」
市役所の係長、末成敬三は、住民の前でため息をつく。申請書は前日まで彼の引き出しにあった。それでも沙良が説明しようとすると、「言い訳より謝罪」と遮られた。
沙良は遅れてきた申請者へ一件ずつ電話をかけ、必要なら窓口で事情を聞いた。末成はその隣で、受話器を置くたび「謝り方が暗い」と言った。再発防止を尋ねても、回覧の順番は係長が決めるの一点張りだった。沙良は電話の日時と相手の言葉を、自分の手帳へ一件ずつ残した。手帳には、同じ封筒を末成の机で見た日も記してあった。
ある月曜、十二通の助成申請がまとめて見つかった。すべて期限は金曜。末成は未開封の封筒を沙良の机へ積み、始末書を今日中に出せと言った。
「受け取った記憶がありません」
「記憶で仕事をするな。君の受付印がある」
封筒には確かに、沙良の番号の印影があった。
その午後、内部監査の定例確認が始まった。市では郵便物の紛失防止のため、試験的に封筒を開ける前に全件撮影し、棚へ入れた職員証まで記録していた。末成は「新人の教育不足」を最初に報告した。
監査担当者が十二通の番号を入力する。
到着はすべて木曜。撮影台へ置いたのは末成の職員証だった。その後、封筒は受付棚ではなく、係長席の保留箱へ登録されている。金曜の夕方、沙良の印章保管庫が末成の管理鍵で開けられ、十二件へ同じ印影が押された。
「代理で押しただけです」
「代理記録がありません」
「忙しかった。彼女が忘れていたから補ったんです」
監査担当者は、封筒が一度も沙良の棚へ移されていないことを示した。さらに過去半年、同じ保留箱から締切後に出された書類が二十九通あり、いずれも沙良の担当に変更されていた。
末成は机の下で、始末書の用紙を沙良へ押した。
総務部長はそれを取り上げ、代わりに末成の管理端末を閉じた。
「末成係長の受付印・文書移動・勤務評価の権限を、監査終了まで凍結します」