本番環境は今夜落ちます

複合文化施設の夜間責任者になった椿森レンは、三階のIT企業から届いた作業申請を読んで青ざめた。

《二十三時、本番環境を落とします。関係者以外は触れないこと》

同じ建物の一階では、劇団が翌日の初日公演を控えていた。

レンは劇団演出家へ走った。

「大変です。今夜、本番を落とすそうです」

「誰が?」

「三階の技術者たちです。しかも関係者以外には触らせないと」

演出家は舞台を見上げた。

「妨害工作か。初日の席は完売だぞ」

そのとき三階から若い技術者が降りてきた。

「椿森さん、予定どおり本番を止めます。検証用は生かします」

演出家が胸ぐらをつかんだ。

「本番を殺して、稽古だけ残す気か!」

「殺す? 停止するだけです。再起動しますから」

「役者を再起動できると思うな!」

技術者は助けを求めるようにレンを見た。

「今回、古いほうは捨てます。新しい環境へ切り替えます」

「舞台装置まで捨てるのか!」

会話を聞きつけた主演女優も駆けてきた。

「私、古いほうですか、新しいほうですか」

「あなたのバージョンは存じません」

「年齢を聞いてる?」

騒ぎは警備員、照明係、システム管理者を巻き込み、ロビーに二十人が集まった。

レンは申請書をもう一度読み上げた。

「本番環境を落として、データベースを移行。その後、死活監視を再開……死活監視?」

演出家が息をのんだ。

「生死まで監視してるのか」

技術者はようやく事情を理解し、ノートパソコンを開いた。

「ITでは、実際にサービスを動かしているシステムを本番環境と呼びます。今夜止めるのは予約サイトのサーバーです」

一同が沈黙した。

劇団の制作担当が画面をのぞいた。

「予約サイトを止めるなら、明日の当日券は?」

技術者は時計を見た。

「二時間で戻します」

演出家は胸ぐらから手を離した。

「よし。そっちの本番は落としていい。こっちの本番には来い」

翌日、技術者は最前列で観劇した。

終演後、感想を尋ねられ、正直に答えた。

「二幕で少し処理落ちしていました」