村ごと引っ越す日
引越し屋ハバルトは、収納魔法が普及してから「縄を結ぶしか能のない男」と呼ばれていた。
貴族の家具を布で包み、階段を傷つけず下ろし、転居先で同じ向きに並べる。手間を惜しまないほど、魔法鞄に放り込めば済むと笑われた。
彼の技能は、古い引越し組合の規則そのものだった。
【一括転居:所有者全員の承諾を得た家財一式を、指定した新居へ移す。家財の範囲は居住者が決める】
王都の役人は「せいぜい箪笥と鍋だ」と決めつけた。
南火山が噴いた日、溶岩は山村へ三方から迫った。唯一の街道は落石で塞がれ、転移術師は領主の絵画と宝石を運ぶだけで魔力を使い切った。領主は避難用の馬車へ自分の猟犬を乗せ、村人へ歩けと命じる。
歩けない老人が四十人、乳児が十七人。畑には収穫前の麦があり、共同井戸の底には来年用の水が残っていた。
「人だけ助かれば十分だ。家など燃やせ」
役人が言うと、ハバルトは村の広場へ大きな梱包布を広げた。
「これは誰の家財ですか」
「村のみんなのものだ」
老村長が答えた。ハバルトは一軒ずつ承諾を取った。鍋と寝台。家と納屋。井戸と畑。学校の鐘。産婆が植えた梨の木。最後の老婆は、丘の墓を指した。
「夫も置いていかない。あの墓までが、わたしの家だ」
全員の承諾がそろった。
ハバルトが梱包縄を一度引くと、村を囲む地面へ白い線が走った。家々は崩れず、畑の土も井戸の水も、墓前の花一輪さえ揺れない。村そのものが巨大な家財一式として布の上へ畳まれた。
彼が届け先に指定したのは、北谷の放棄された王領地だった。
次の瞬間、北谷の朝霧の中へ、道も畑も家並みも元と同じ向きで現れた。学校の鐘が一度鳴り、井戸から冷たい水があふれる。
火山灰の向こうでは、承諾を拒んだ領主の館だけが旧村に残っていた。宝石を抱えた領主は、初めて自分の家が誰にも運んでもらえないと知った。
北谷の古い境界碑には、領主の名ではなく移り住んだ全員の名が刻まれた。村人はハバルトへ屋敷を贈ろうとしたが、彼は最初の仕事として学校の傾いた机を元の場所へ運ぶ。子どもたちはもう、その縄を古い道具とは笑わなかった。
《職業が【引越し屋】から【国土遷座匠】へ書き換わりました》