根回しは鉢の底から

 市役所の企画課長、饗庭鐘一は、来週の予算会議を前に行政支援AI「シセイ」へ相談した。

「新しい子育て事業を通したい。反対派へ根回ししてくれ」

『対象植物の種類を教えてください』

「植物じゃない。議員と部長だ」

『大型の多年生二株として登録します』

「人間だと言ってるだろう」

『人間を鉢植えにすることは推奨されません』

「しないよ! 賛成してもらえるよう、事前に話を通すんだ」

『風通しの確保ですね。密集した枝を整理してください』

「反対意見が多くて、話が絡まってる」

『絡んだ根は無理に引かず、水で土を落として分けます』

「なるほど。資料を減らして論点を分ける、か」

『そのような発言はしていません』

 鐘一は勝手に納得した。

「古参の部長は根が深い」

『一回り大きな鉢へ移してください』

「役職を上げろって?」

『いいえ』

「若手へ水を向けたい」

『午前中の灌水が効果的です』

「朝会で発言させよう」

『葉に水をかけすぎると病気になります』

「注目を集めすぎるな、と。勉強になるなあ」

「予算という肥料も少し必要だ」

『与えすぎると根腐れします』

「最初から大金を求めず、小さく始めろと」

『肥料袋の用量を守ってください』

「反対派にも日を当てたい」

『鉢を週に一度、百八十度回してください』

「発言の順番を公平にするんだな」

『違います』

「否定が控えめなのも行政向きだ」

『会話の不一致を検出しています』

「謙遜しなくていい」

 翌朝、鐘一は会議室の観葉植物まで植え替えた。根詰まりした鉢をほぐしていると、反対派の部長が通りかかった。

「君、そんなこともするのか」

「風通しをよくするのが仕事です」

「昨日の資料も見た。あれなら話は聞ける」

 鐘一は、AIの手柄だと確信した。

 鐘一はAIの助言どおりだと思い込み、百ページの資料を十枚に減らし、論点別に説明会を開き、若手職員の意見を先に聞いた。会議室の空気が重いという指摘には、本当に鉢植えを置いた。

 予算会議当日。反対派の議員は資料をめくり、うなずいた。

「今回は分かりやすい。現場の声も入っている」

「風通しと水やりを改善しました」

「何の話だ」

 事業案は全会一致で可決された。鐘一は得意げにAIへ報告した。

「根回し、大成功だ」

『植え替え後の植物写真を送ってください』

 シセイは最後まで、政治を一鉢も理解しなかった。