梟が見ているあんバタートースト

 久我原時雨の働くベーカリーは、閉店後の片づけまで終えると日付が変わる。

 売れ残ったパンは決まりに沿って分け、翌朝のラスク用、寄付用、廃棄用へ回す。時雨は毎晩きちんと仕分けるが、廃棄の箱へ食パンの端が入るたび、胸の中まで乾く気がした。

 その夜、店長から「一斤だけ持って帰って」と渡された。焼き色が濃すぎて商品にできない角食だった。

 アパートへ着くと、向かいの雑木林から梟の声がした。ホウ、と低く一度。時雨は窓を少し開け、厚く切ったパンをトースターへ入れた。

 冷蔵庫の粒あんをたっぷり塗り、その上へ有塩バターを二枚置く。熱いパンに触れた端から、バターが透明になってあんへ沈んでいく。

「明日のむくみ、確定」

 窓の外で、また梟が鳴いた。

「見届けなくていいよ」

 歯を立てると、耳はざくり、中はまだ柔らかい。あんの甘さへ塩気の強いバターが重なり、焦げた小麦の苦みが最後に残った。

 今日、常連の客から「前よりパンが小さくなった」と言われた。材料費が上がり、重さを変えず形だけ細長くした商品だった。説明すると客は納得したが、時雨は一日中、自分が何かをごまかしたような気分でいた。

 けれど今食べている角食は、焼き色が濃いだけで、香りはむしろ強い。商品にならないことと、食べる価値がないことは同じではない。

 時雨は二枚目も焼いた。今度はあんを薄くし、バターを一枚にする。自制ではなく、味の違いを確かめたかった。

 窓辺へ皿を持っていくと、木の高い枝に丸い影が見えた。梟はこちらを慰めるでも、評価するでもなく、ただ同じ夜に起きている。

「そっちも夜勤?」

 返事の代わりに羽音がした。

 食べ終え、時雨は明日の試作用ノートへ「焦がし角食、あんバター向き」と書いた。失敗の欄ではなく、新商品の欄へ。

 部屋には甘い小豆と溶けたバターの匂いが残った。窓を閉めても、森の冷たい空気と一緒に、その温かさだけは逃げなかった。

 皿に残った小豆を指でぬぐうと、塩気のある甘さが最後に舌へ戻った。時雨は廃棄箱を思い出したが、今夜は反省より先に満腹を選ぶ。梟の声は遠ざかり、トースターの余熱だけが台所を照らした。