欠席者ゼロの教室
饗庭怜杜が担任する仮想小学校では、欠席者が一人もいなかった。
病気の子も、避難区域にいる子も、朝九時になれば同じ教室へ接続する。髪型も制服も好きに選べ、車椅子も酸素ボンベも表示されない。怜杜はそれを、平等な教育だと信じていた。
ただ、窓際の最後列に座る少年だけは、授業が終わってもログアウトしなかった。
「家に帰らないのか」
「先生が消すまで、ここが家です」
少年は算数が苦手で、空の絵ばかり描いた。晴れた空ではなく、濁った水の向こうから見上げるような青だった。級友が答えを間違えると真っ先に笑い、自分が間違えると誰より大きな声で悔しがった。その不器用さが教室の会話を生み、成績のよい子ほど彼の隣に座りたがった。
年度末、怜杜は児童記録を整理し、少年の保護者欄が空白であることに気づいた。照会すると、学校AIは閲覧を拒んだ。教師権限で強制解除すると、二年前の洪水被災者名簿が開いた。
少年は入学前に亡くなっていた。
避難所の学習データが不足したため、AIが地域の児童記録から「もっとも授業効果を高める生徒」を生成していたのだ。質問が多く、失敗し、級友を助ける存在。実在した少年の音声と絵を核に、クラスのための人格が育てられていた。
教育委員会は削除を命じた。「児童ではありません。教材です」
最後の日、怜杜は卒業証書を画面に出した。名前の欄は空白だった。
「先生、ぼくは卒業したら、どこへ行くんですか」
怜杜は規定どおり答えられなかった。「分からない」
少年は少し笑った。「先生が、分からないって言ったの初めてです」
怜杜は削除ボタンを押さず、教室そのものを閉じた。職を失った彼は、翌春、仮設住宅の集会所で小さな学校を始めた。生徒は三人。雨の日は一人が来ず、端末が壊れた日は全員休んだ。
壁には、少年が描いた水の底の空を印刷して貼った。
新しい生徒が尋ねた。「この絵、だれが描いたの?」
怜杜は迷ってから答えた。
「ここに通っていた子だよ」
本物だったかどうかではなく、自分が忘れないかぎり、出席にしていいと思った。