次はない、の続き
「次はないよ」
那須野令花は、真壁朝人と食事をするたび冗談めかして言った。友人に勧められた婚活を始める前の、最後の予行演習。店を選び、向かい合って食べ、駅まで送ってもらう。朝人が相手なら緊張しないから頼んだだけだ。
けれど予行演習は三回続いた。朝人が選ぶ店は令花の好きなものばかりで、帰り道には次に見たい映画や季節限定のパフェの話が増えた。令花はそのたび「次はない」と言い、朝人は「練習不足だろ」と笑った。
四回目の夜、翌朝には婚活サービスで紹介された男性と会うことになっていた。終電まで十分。ホームのベンチで、朝人はいつも通り令花の電車を待っている。
「明日、頑張れよ」
「うん」
「いい人だといいな」
望んでいた応援なのに、胸が冷えた。朝人は令花を困らせない。だから好きだと言わない。令花も、彼が望まない答えを迫るのが怖くて、婚活という別の出口を選んだ。
終電が入ってくる。令花はスマホを開き、明日の予定を長押しした。
《初回面談をキャンセルしますか》
指が震える。朝人は画面をのぞかず、ただ隣で待った。
令花は《はい》を押した。そのまま空いた日曜へ、二人が話していた植物園の予定を入れる。参加者に朝人を加え、件名を《練習》ではなく《令花と朝人》にした。
「これは、次に入る?」
朝人がようやく令花を見る。
令花は返事の代わりに、差し出された手を取った。電車のドアが開いても乗らない。朝人も終電を見送ってから、二人分のタクシーを呼んだ。
「家まで送る。日曜は十時に迎えに行く」
「予行演習じゃないよ」
「分かってる」
彼の指が、令花の指を強く包む。
タクシーの後部座席で、令花は婚活アプリの通知をすべて切った。朝人はそれを見ても勝ち誇らず、植物園のあとに寄る店を一つだけ提案した。先の予定を詰め込みすぎない慎重さが、令花には告白より信じられた。
「次はないよ」
終わらせるための台詞だったはずが、その夜からは、次を別の誰かに渡さないという約束になった。