歌詞カードの裏側
蓬莱ミナの遺作CDは、最後の低音が鳴ると歌詞カードの裏に文字が浮かんだ。
元ドラマーの住吉禅は、解散したスタジオで一人、限定盤を再生していた。曲名は『B-SIDE』。表の歌詞カードには二番までしか印刷されず、最後の一行は白いままだった。
ミナは何でも裏へ隠した。コード進行も、連絡先も、言えなかった本音も。
「表だけ信じないで。裏を見て」
そう笑い、レシートの裏へ新曲の断片を書いた。
三年前、ツアー車が崖から落ち、ミナだけが死んだ。運転していた禅は、ブレーキが突然利かなくなったと証言した。事故の直前、ミナがバンド名義の権利を自分へ戻そうとしていたことは伏せた。車両保険と原盤権で、禅はスタジオを買い取った。ミナは感熱紙や複写紙を作品に使うのが好きで、体温や圧力であとから現れる言葉を「遅れて鳴る歌詞」と呼んでいた。禅はそれさえ、売れない悪趣味だと笑っていた。
『B-SIDE』のイントロは、車のウインカーを刻んだようなテンポだった。Aメロでエンジン音が混じる。サビではミナの声が左右に分かれ、片方だけが半拍遅れて追いかける。禅は知らない曲なのに、事故の日の車内と同じ息苦しさを覚えた。
最後のベース音が、スピーカーの限界より低く沈む。机の上の歌詞カードがわずかに震えた。摩擦熱で白い面に青い文字が滲む。
〈裏を見て〉
禅はカードを裏返した。
そこには、車の整備記録の複写が印刷されていた。事故前日に交換されたはずのブレーキホース。その署名欄には禅の筆跡があり、裏面のカーボン跡には「交換せず」と書いた整備士への指示まで残っている。ミナは契約書の束から複写紙だけを抜き、歌詞カードへ仕込んでいたのだ。
「裏を見て」
背後で同じ言葉がした。
振り返ると、スタジオの鏡に二人の捜査員が映っていた。CDの購入者情報は、証拠が開封された時刻と場所を自動送信する仕組みになっていた。
最後の歌詞は、カードをめくるためだけの指示ではなかった。
禅が隠した人生の裏側へ、振り向けという合図だった。