歓声の裏側

深夜のスポーツ局で、榛葉岳は決勝戦の速報映像を任された。依頼は、延長終了間際の決勝点を三十秒にまとめ、次のニュース枠へ渡すこと。放送まで二十二分だった。

正面カメラでは、シュートの瞬間を審判の背中が塞いでいた。ゴール脇の映像ならボールが見える。ところがマルチカムへ並べると、選手が蹴る前に観客が立ち上がり、得点表示まで先に変わった。

制作席から「時間がない。観客のスマートフォン映像を使おう」と声が飛んだ。岳は返事をせず、各映像のタイムコードを見た。ゴール脇の一台だけ、後半開始時に八秒戻っている。休憩中に電源を入れ直したらしい。機械任せで同期したため、別の歓声へ結び付けられていた。

スマートフォン映像は迫力があったが、投稿者の許諾が放送時刻までに取れない。使えば間に合っても、放送後に映像を引っ込めることになる。岳は「見える素材」より「使える素材」を選んだ。速報では、速さを理由に確認を一つ飛ばすと、その一つが翌朝まで残る。

岳は映像ではなく音を聴いた。試合終了前、笛は短く二度鳴り、その直後に観客席の手すりが叩かれている。三台の波形から同じ尖りを探し、そこを基準にゴール脇の映像を八秒送り直した。

今度は、足を離れたボールがネットへ刺さり、正面では審判が振り返る。岳は最初に正面の混乱を二秒見せ、歓声が膨らむところでゴール脇へ切り替えた。見えなかった時間があったからこそ、次の画面で得点が強く見えた。岳は実況を消した版でも試し、映像だけで順序が分かることを確かめた。

「最初から脇の映像でよくないですか」と新人が訊いた。

「それだと歓声が結果を先に教える。審判の背中は失敗じゃない。観客と同じ一瞬を作れる」

送出前、岳は得点表示が変わる時刻まで確認した。そこがほんの一瞬でも早ければ、再び結果が先に出る。

完成映像が放送室へ渡ったとき、壁のモニターでは次の準決勝が始まっていた。実況席から、新しい得点の叫び声が届く。岳は空になった作業欄を閉じず、次の三十秒を受け取った。