止まれない配達人の休息ビスケット

「買います、何でもいいから、止まれるものを!」

配達人サフィラは叫びながら、菓子店〈昼寝猫〉の店内をぐるぐる走っていた。

三日前、速達用の加速魔法をかけてもらった。荷物は期限に間に合ったが、術式が切れない。眠ろうとしても足が駆け、食事をしても椅子ごと進む。治癒師には「魔力が尽きるまで一月」と言われた。仕事仲間は記録更新だと喜んだが、サフィラの目の下には黒い隈ができていた。

靴底はとうに擦り切れ、足には荷札を巻いて補強してある。眠気で曲がり角を三度通り過ぎても、身体だけは最短記録を更新した。止まれない彼女へ追加の荷物を渡す者はいても、椅子を差し出す者はいなかった。店の甘い匂いを一周するたび、腹だけが律儀に鳴った。

店主グレインは追いかけず、丸いビスケットを一枚、彼女の進路上へ差し出した。

「休息ビスケットです。ただし、十回噛むまで飲み込まないこと」

サフィラは走りながら受け取り、一口かじった。ざく、と硬い音がする。

「いち、に、さ――」

三回目で飲み込みそうになり、グレインが無言で指を十本立てた。彼女は頬を膨らませ、四、五、と噛む。六回目で走る速度が早歩きになった。八回目で棚の模様が見えるようになり、十回目には足が止まった。

静寂に驚いたサフィラは、その場で前へ倒れそうになった。グレインが椅子を押し出すと、彼女は腰を下ろした。

「椅子が、動かない……」

「椅子は最初から動いていません」

残りをまた十回ずつ噛む。最後の欠片を飲み込んだとき、加速魔法の青い輪が足首からほどけ、砂糖の粉になって消えた。

サフィラは机に頬をつけた。三秒で寝息が立ち始める。しばらくして目覚めると、窓の夕日を見て泣きそうな顔で笑った。

「一時間も、同じ景色にいられた」

彼女は代金の銅貨に、速達料金の銀貨を加えた。

「明日、同じものを二十枚。休むのも配達人の仕事だって、全員に届ける」

今度は歩いて店を出た。扉がゆっくり閉まりきるのを見届けた瞬間、ちりん、とベルが鳴った。