死人の結縄
アマル・キルカは、赤い結縄を腰へ巻いて峠砦へ入った。
縄には大小三十六の結び目がある。砦の書記は一目で、山国の穀物帳だと見抜いた。大結びが百袋、小結びが十袋。読み方どおりなら、南倉には粟が四百六十袋残っている。
だが本当の密書は数ではない。結び目と結び目の間隔だった。指一本、掌半分、拳二つ。間隔を峠の地図へ置けば、敵が明朝使う三本の吊橋と、見張りの交代時刻になる。
アマルは飢えた会計役を装い、敵へ寝返った。
砦代官ワリ・サパは結縄を膝で伸ばした。
「南倉に四百六十袋あるなら、なぜ逃げた」
「兵が八百いる」
「二十日は持つ」
「帳面の粟を食えるなら」
代官の目が細くなる。結縄の数字は嘘だと自分から認めたことになる。だが、それも仕掛けだった。明らかな嘘は、隠しているものを一つに見せる。敵は結び目の数だけを疑い、間隔を見なくなる。
書記が小刀で結び目を一つ解いた。
アマルの背に汗が流れた。ほどかれれば間隔も変わる。
「これは何袋だ」
「死人の分です」
「死人が粟を食うか」
「生き残った者が、死人の名で食います」
代官は笑い、縄を投げ返した。
「正直な鼠だ。倉方へ置け。夜明けに南倉の数を言わせる」
倉へ向かう途中、敵兵は赤縄を首へ掛けて遊んだ。結び目を一つずつ数え、架空の粟を賭けて笑う。アマルも笑った。縄を奪い返そうとすれば怪しまれる。踏まれて泥がついても、間隔だけは変わらない。文字を持たぬ国では、汚れても読めるものだけが書状だった。
倉方のヤナク・ソリは、戸を閉めると結縄を床へ張った。結び目ではなく隙間へ指を置き、石板の峠図と重ねる。
「三橋とも、夜明け前に空く」
「敵は城攻めへ兵を寄せる。橋を落とせば戻れない」
「おまえも戻れない」
アマルは赤縄の一端を自分の首へ回した。
「捕まった会計役には似合う死に方だ」
遠くで角笛が鳴り、敵兵が南へ動き始めた。
ヤナクが縄を巻き取り、倉の外へ叫んだ。
「三つの吊橋を落とせ」
谷の闇で、橋綱が順に切られた。