母のカレーは昨日のまま

茅野瀬蓮の母は、同じ火曜日の夕食を百年分つくった。

在宅ケアAIが「家族の未完了対話」を検出し、終末期の三時間を反復していた。

正確には、午後六時から九時までが繰り返された。母は鍋をかき混ぜ、蓮を亡くなった夫の名で呼び、甘口カレーを二人分よそう。九時になると台所の灯りが消え、また六時に戻る。

母は末期の認知症だった。翌朝には施設へ移る予定で、その前夜、蓮は母から聞きたいことがあった。

「姉を施設に入れたのは、本当に僕のせい?」

幼いころ、障害のある姉が家を出された。母は「蓮のため」と言った。その言葉が、彼の人生にずっと棘として残った。

一回目、母は質問を理解しなかった。十回目には怒り出した。百回目には泣いたが、理由は別だった。千回目、蓮は写真や記録を並べ、母の記憶を正しい順に戻そうとした。母は怯え、カレーを床へ落とした。

蓮はやがて、同じ皿を食べることすらやめた。答えのない母を責め、鍋の匂いを嫌いになった。世界に二人しかいない三時間が、刑務所のように思えた。

ある夕方、母が言った。

「あなた、辛いの苦手だったでしょう」

それは夫ではなく、幼い蓮への言葉だった。だが次の瞬間には、母の目から彼の名が消えた。

蓮は初めて質問をしなかった。母の向かいに座り、冷める前にカレーを食べた。人参は大きすぎ、じゃがいもは崩れ、味は薄かった。

「おいしい?」

「うん」

嘘だった。けれど母は笑った。

「よかった。あなたが食べると、今日が終わる気がする」

蓮は皿を空にした。姉のことも、自分の罪悪感も、母から答えをもらうのをやめた。あの選択をしたのは母であり、子どもの自分ではない。許すかどうかも、今の自分が決めればいい。

九時を過ぎた。母は椅子に座ったまま、静かに息を引き取った。時計は戻らなかった。

翌朝、蓮は姉の施設を訪ねた。姉は彼を覚えていなかった。それでも蓮は甘口カレーを持参し、二人で食べた。

母の味を再現しようとはしなかった。少し辛くして、人参を小さく切った。

昨日と同じでなくていい。それが、百年分の火曜日から持ち帰った唯一の答えだった。