毒針から伸びる金の糸

武勲夜会の乾杯直前、毒針が聖女候補の肩をかすめた。

 床へ落ちた針には、ボジェナ家の鷹紋が刻まれている。

「彼女を排除しようとしたのか」

 婚約者デミアンは、護衛より先にボジェナを取り囲ませた。

「殺人未遂の女を公爵家へ迎えることはできない。婚約を破棄する」

 鷹紋は不自然なほど深く、遠目にも読めた。しかも聖女候補の席を決め、ボジェナを真正面へ立たせたのはデミアン自身である。彼女は騎士家の娘として、罠は巧妙さより「誰に疑いを向けたいか」に癖が出ると教わってきた。彼の告発は早すぎ、針の紋章は親切すぎた。

 ボジェナ・ドレヴィンは針を見下ろした。聖女候補の傷は浅いのに、デミアンは治療より先に婚約破棄を叫んだ。守るべき相手より、見せるべき断罪を優先したのである。紋章を刻むだけなら誰にでもできる。だが、飛んだ物には飛ばした力が残る。

「騎士団長ハーコン。因果糸の結界を閉じてください」

 ハーコンは扉を閉め、誰も出られないようにした。ただし針には触れない。証拠を起こすのは、告発された彼女自身だった。

 ボジェナが二本の指を立てると、針から細い金糸が伸びた。空中を戻り、杯の間を抜け、壇上へ向かう。最後に糸が結びついたのは、デミアンの右袖だった。

 袖口が弾け、隠されていた小型の発射具が床へ落ちる。

「違う、私は彼女を傷つけるつもりではなかった。針は外れるよう調整していた」

「だから、わたくしを殺人未遂で裁いてよいと?」

 因果糸は嘘を聞かない。毒針を押し出した力から、最初の指まで一本で結ぶだけだ。デミアンは急に声を柔らげ、婚約を取り消したのは芝居だった、君なら理解できると言った。

「理解しました。殿下は人命も婚約も、小道具として扱う方です」

 ボジェナは指輪を発射具の隣へ落とした。

「婚約破棄を受諾します。次に裁かれる席は、わたくしの隣ではありません」

 彼女は元婚約者に背を向けた。ハーコンが王都騎士法廷へ同行を、と手を差し出す。ボジェナは自分の足で壇を降り、その手を取った。