決済は通らない

学園祭本部の小会議室には、売れなかったリストバンドが段ボール二箱残っていた。

北原蘭子たちの〈パスロウ〉は、学生イベント向けの電子チケットサービスだった。当日券の行列をなくし、入場者数をリアルタイムで管理する。ところが学園祭初日の午前十時、決済画面が止まった。客は入れず、出演者は怒り、無料開放した会場では定員を数えられなくなった。

「原因、結局なんだった?」

日比野司朗が聞く。

柴田景はノートパソコンを閉じないまま答えた。

「アクセス集中」

「それ、原因じゃなくて説明」

「無料枠のサーバーから変えなかったこと」

蘭子が言うと、景は画面を見た。

「予算がなかった」

「協賛金は広告に使った」

「蘭子が決めた」

「三人で拍手した」

壁には、起業コンテスト用の写真が貼られている。三人は同じリストバンドを掲げ、〈並ばない青春〉と笑っていた。その日、最も長い列を作ったのは返金窓口だった。

司朗が未使用の箱を蹴らないよう足で避けた。

「俺、劇団の制作に行く。紙の半券をちぎるところからやる」

「アナログ信者になるの?」と景。

「止まったとき、誰に怒ればいいか分かる仕組みがいい」

景はクラウド会社へ就職する。

「落ちない仕組みを作る。少なくとも無料枠ではやらない」

「蘭子は?」

「法科大学院。利用規約を読めるようになる」

司朗が眉を上げる。

「コードでも営業でもなく?」

「返金しなくていい理由ばかり書いた規約を、私が作ったから。次は、責任が消えない文章を書く」

三人は最後の返金一覧を確認した。残高は二百六十円足りない。蘭子が財布から硬貨を出し、司朗が「会社の金と混ぜるな」と止め、景が自分の百円玉を二枚置いた。残り六十円を三人で二十円ずつ出した。

解散届を送ると、管理画面のイベント名が〈終了〉へ変わった。

司朗が先に出て、景がパソコンを抱え、蘭子が照明を消す。暗い会議室で、蛍光色のリストバンドだけが二箱分ぼんやり光った。誰の手首にも巻かれなかった輪は、入口のない祭りへ入るための券のようだった。