泣き方のレンタル
深見佳央は、泣けない俳優だった。
幼いころから感情を顔に出すなと育てられ、母の葬儀でも涙が出なかった。喜劇なら配役AIに間の良さを評価されたが、悲劇の主役だけは何度受けても落ちた。
そこで佳央は、演技支援市場から「最愛の人を失った記憶」を一週間借りた。再生中だけ、記憶の持ち主の感覚を自分のものとして呼び出せる商品だった。
初日の稽古で、佳央は台詞の途中から嗚咽した。舞台監督は立ち上がって拍手し、共演者は本物だと言った。佳央自身も驚いた。胸の奥に、名前も知らない女性の死があり、指先には最後に握った手の冷たさが残っていた。
公演は大成功した。佳央は毎晩、借りた喪失を客席へ差し出した。カーテンコールでは称賛に酔い、楽屋へ戻ると、会ったことのない故人へ謝った。
契約終了の日、記憶を返却すると涙も消えた。佳央は空っぽになり、次の舞台のため別の悲嘆を借りた。事故で子を失った父、老犬を看取った少女、故郷を沈められた老人。彼はどんな悲しみでも美しく泣ける俳優になった。
ただし、自分の出来事には反応できなくなった。
父が倒れたと連絡を受けても、佳央は病室で適切な表情を探した。父は酸素マスクの下で笑った。
「また誰かの顔をしてるな」
その夜、父は亡くなった。佳央は泣けず、翌日の舞台で借り物の涙を流した。観客は総立ちになった。
千秋楽後、佳央はすべてのレンタル契約を解約した。次の一年、舞台に立たず、父の部屋を片づけた。腹が立った日、何も感じない日、くだらない昔話で笑った日を、採点も保存もせず過ごした。
一周忌の朝、父の古い留守番電話から「今度の芝居、見に行く」と声が流れた。佳央の目から、ようやく一滴だけ落ちた。
それは客席の誰にも見せられない、下手で遅すぎる涙だった。
復帰作で彼は泣かなかった。台詞のあと長く黙っただけだった。それでも観客の一人が鼻をすすった。佳央は初めて、悲しみを再現するのではなく、他人の悲しみが来る場所を空けておく演技を知った。