海図にない帰港
私掠船《青燕号》が戦闘用人造水兵を手に入れたのは、敵船を拿捕した夜だった。
船倉の鉄箱に、少年の姿をした兵器が座っていた。両足は甲板へ鎖で固定され、首には真鍮の笛が下がっている。笛に登録された旋律を吹けば、荒天でも炎上中でも命令に従うという。
「型式M―8。敵船への切り込みを命じられていました」
船長セリネが尋ねると、少年は淡々と答えた。
「前の船は沈んだ。なのに、なぜ残った?」
「帰還命令がありませんでした」
箱の中で、海が船を呑むまで待っていたのだ。
副長は笛を拾った。
「こいつがいれば海軍の巡視船にも勝てます。船長の旋律を登録しましょう」
笛の側面には、旧所有者の楽譜と、その上へ新しい主名を刻む空欄があった。
セリネは短剣を抜き、空欄ではなく笛そのものを縦に割った。
「船長!」
甲高い音が船倉へ響く。M―8の胸に浮かんでいた五線譜の呪印が乱れ、少年は喉を押さえて倒れた。
副長が青ざめる。
「命令笛を壊せば停止するのでは」
「停止する、と笛に書いてある。本人の設計図には書かれていない」
セリネは鎖の錠へ割れた笛を差し込み、こじ開けた。
やがて少年は自力で起き上がった。胸の五線譜は消え、鼓動だけが小さく鳴っている。
「次の命令は」
「なし。港まで乗るなら客だ。降りるならボートを出す」
少年は信じられないものを見る目で甲板へ上がり、水平線を見た。
その直後、敵の追撃船が霧から現れた。大砲が火を噴き、青燕号の帆柱が折れる。
「M―8、戦え!」
副長の叫びに少年は動かない。もう命令は届かない。
セリネは舵輪を握り直した。
「全員、退船準備!」
その横を少年が駆け抜けた。自分の意思で索具を断ち、倒れる帆柱を海へ逃がす。続けて敵弾の軌道を読み、残った一門を発射した。追撃船の舵だけが砕け、青燕号は霧へ逃げ込んだ。
港へ着くと、少年は約束どおり下船した。
翌朝。出航名簿を閉じようとしたセリネの前へ、彼が戻ってきた。手には自分で買った水兵帽がある。
「乗船を希望します。命令笛なし、退船の自由ありで」
「名前が要る」
少年は海面を漂う一枚の葉を拾った。
「リーフ。流されても、戻る港は自分で選べる名前です」
彼は名簿の乗組員欄へ、自分の手でその名を書いた。