消える前に保存して

削除された投稿ほど、本音に近い。私はそう信じて、匿名の保存アカウント「消える前に」を作った。

炎上した言葉、消された謝罪、鍵が掛かる直前の写真。画面からなくなっても、傷つけられた側には残る。だから保存は正義だ。

私は一度保存したものを消さない。高校生の失言も、別れ話の愚痴も、就職後に本人が頭を下げても残した。「忘れられる権利より、忘れさせられない権利」とプロフィールに書くと、被害者たちから感謝が集まった。

萌花が元友人に嫌がらせを受けたときも、私は役に立った。彼女が送ってくるURLを数秒で記録した。

「この人のストーリーは、親しい友達限定でも保存して」

「でも、どうやって見てるの?」

「共通の知り合いが送ってくれるの」

萌花は相手をブロックしなかった。通知が来るたび、待っていたように私へ転送した。ときどき投稿が消える前から保存用の題名まで決めていたが、私は被害者が証拠を逃したくないのだと思った。

ある日、その女性本人から削除依頼が届いた。

〈住所が写っています。消してください〉

私は断った。都合が悪くなって消す人のために、記録を曲げることはできない。女性は三度頼み、最後には引っ越し費用がないと書いた。感情で例外を作れば、ほかの記録まで疑われる。私は定型文だけを返した。

すると彼女は、投稿の前後を送ってきた。最初に住所を公開したのは萌花だった。女性は〈消して〉と抗議し、萌花は自分の投稿だけ削除した。私が保存したのは、抗議の部分だけだった。

萌花に尋ねると、肩をすくめた。

「先に傷つけられたから。あの子が困るくらいでちょうどいいよ」

「でも住所は危ない」

「千尋は保存する人でしょ。判断する人じゃないよね」

その言葉は、私が何度も掲げてきた説明と同じだった。

私は削除依頼を閉じた。記録は消さない。それがこのアカウントの価値だ。萌花も安心したように笑った。

夜、保存画像がまた拡散され、女性の家の前に知らない男が立ったという投稿が流れた。

彼女が消したかったのは、投稿ではなく、そこに残った住所のほうだった。