漏洩ファイルの作成者
緊急役員会で、開発者の榎坂律は顧客情報十万人分を漏洩させた犯人にされた。
「外部ストレージへ書き出したアカウントは、榎坂さんのものです」
事業部長の鷹司研吾が大型画面へ操作履歴を映す。律の社員番号、律のパスワード、そして午前一時十二分という時刻。彼女のロッカーからは、同じ形式の記憶媒体も見つかった。
「待遇への不満を口にしていたそうですね。会社を困らせたかったのでしょう」
鷹司は被害届の草案まで用意していた。律が黙っていると、勝利を確信したように調査報告書へ電子署名する。
「この原本を警察へ出せば、もう言い逃れはできない」
律は一度だけ尋ねた。
「そのファイルは、本当に原本ですか」
「私がサーバーから直接回収した。改変していないと保証する」
鷹司は自分の端末からファイルを開き、全員の前へ投影した。
顧客名簿の最終列には、空白にしか見えない欄がある。律が半年前に導入した持ち出し追跡機能で、書き出した端末の暗号鍵、接続した機器番号、操作時の顔認証がファイル自体へ埋め込まれる。削除すれば名簿全体が開かなくなる。
監査担当が欄を展開した。
〈作成端末・TK―DIR01〉
鷹司の役員用ノートだった。接続機器は、彼の机に登録された記憶媒体。顔認証画像には、深夜の鷹司がはっきり映っている。
「榎坂のアカウントを盗まれただけだ!」
「だから端末認証を入れたのです」
律は淡々と答えた。
鷹司が先月、追跡機能を「社員を信用しない無駄な仕組み」と嘲笑したことを、役員たちは思い出した。彼は仕組みを知らず、律のアカウント名だけ書き換えれば済むと思ったのだ。
監査担当は、鷹司が署名した〈原本・改変なし〉の報告書を保存した。
社長が人事通知を開く。
鷹司は律のロッカーから見つけた記憶媒体も「犯行に使われた原物」と報告していた。ところが機器番号は、彼が役員会用に申請した予備媒体と一致する。律は一度も触れていない。社長は、彼女が追跡機能の導入時に提出した設計書を開き、半年間無視していた謝罪をその場で述べた。
「鷹司研吾。情報窃取と社員への罪状捏造により、本日付で懲戒解雇とする」