火曜日の推し色ネイル

香坂理央は、月曜の朝にだけ自分の手が嫌いになる。

週末、星読みの魔女を演じるために塗った紫のネイルを、日曜の夜にすべて落とすからだ。銀粉の入った濃い紫は、衣装の杖を持つと美しい。けれど化粧品会社の営業として取引先へ行く指には、派手すぎると決めていた。

以前、派手な爪の新人を先輩が「客先向きじゃない」と評したのを聞いて以来、理央は月曜の指先を無色にしてきた。

その週は疲れていて、右手の薬指だけ落とし忘れた。

火曜の商談中、資料をめくった瞬間に気づいた。十本のうち一本だけが、白い会議机の上で夜空のように光っている。

向かいの購買責任者、榎並の視線が止まった。

理央は咄嗟に手を握った。配布資料の角が掌へ食い込む。今朝気づいていれば、駅の化粧室で削ってでも落としただろう。

「失礼しました。落とし忘れで」

「その色」

榎並は眉を寄せた。

「限定版の『星喰みヴァイオレット』でしょう」

理央の頭から、用意していた価格説明が飛んだ。

それは五年前に販売終了したアニメ公式色で、今は似た色を三本混ぜて作っている。知っている人がいるとは思わなかった。

榎並は鞄から、古びたカードケースを出した。内側には同じ魔女の小さなステッカーが貼られていた。

「娘と見ていました。今は私のほうが詳しいくらい」

それだけ言うと、彼女は資料へ視線を戻した。

「では、香坂さん。先ほどの続きからお願いします」

理央は深呼吸し、薬指を隠さずページをめくった。

商談は予定より厳しかった。原価率を問われ、納期を詰められ、理央は何度も数字を確かめた。趣味を知ったから甘くなることはなかったし、ネイル一つで仕事が壊れることもなかった。

帰り際、榎並はサンプルを受け取りながら言った。

「色を隠す必要はありません。ただ、剥げたままでは魔女に失礼ですね」

翌朝、理央は九本を透明に塗り、薬指だけを塗り直した。

上司は一度そこへ目をやったが、何も言わず見積書を受け取った。

仕事用の手と、杖を持つ手は同じだった。

理央はキーボードを打つたび、薬指に小さな夜空が動くのを見た。