焦げない革の帳簿
ユステラが鞣す革は、鎧の表には使われなかった。
胸当ての留め具、鞘の吊り帯、荷袋の底。金属鎧の陰に隠れる細い部材ばかりで、商会の販売札には名が残らない。帳簿上の売上寄与は4%。武具部門長は、革の匂いを嫌って言った。
「裏側の紐など安物で足りる。炉場から出ていけ」
ユステラは火蜥蜴の脂を混ぜた桶に蓋をした。彼女の革は炎に強いだけでなく、熱を受けるほど締まり、金具を身体から離さない。竜火の地域で鎧が役に立つのは、板金より先に留め具が燃え落ちないからだった。
部門長は見栄えのよい輸入革へ替えた。柔らかく、香りもよく、売場では好評だった。だが竜火を浴びた瞬間、吊り帯が切れ、剣が落ち、胸当てが外れた。生還した客は焦げた革を机へ叩きつけ、鎧代の返還を求めた。
部門長は板金師を責めた。板金師は黙って鎧を裏返し、焼け残った古い留め具を示す。
「ユステラの革だけが残っています。金属を売れた品にしていたのは、これです」
壁に埋め込まれた《部材連鎖帳》が開いた。完成品の代金を、目立つ部位ではなく、性能を成立させた工程へ配り直す帳簿だ。豪華な板金から光が剥がれ、留め具、鞘帯、荷袋底を通って、閉ざされた鞣し桶へ流れた。
「革紐が鎧より稼ぐなど認めん!」
部門長の声に、帳面が赤い文字を刻んだ。
《外見は選ばせた。耐久は代金を守った》
客たちは返金だけを求めなかった。焦げ残った古い革片を受付へ並べ、次に買う鎧へユステラの刻印があるか確認させた。板金師も鍛冶師も、自分の銘の隣へ彼女の革印を入れると申し出た。部門長が拒むと、完成品の注文札がまとめて裏返った。もう客は、表側の豪華さだけでは契約しなかった。
ユステラは商会へ戻ったが、臭いを隠すための裏口は使わなかった。正面から炉場へ入り、部門長の椅子を鞣し場の外へ運ばせた。
焼けた匂いの中で、誰も彼女を裏口へ追いやらなかった。
竜火から戻った冒険者たちは、焼け残った留め具を切り取らず、そのまま鎧ごと展示台へ置いた。焦げた板金の裏でユステラの革だけが形を保ち、剣も胸当ても持ち主から離れていない。客は装飾より先に留め具の刻印を確かめ、同じ革を使わない装備を棚へ戻した。部門長が匂いを理由に鞣し場を奥へ移そうとすると、商会長は彼の香水を先に外へ捨てた。ユステラは正面入口の脇に素材見本を並べ、完成品の裏側まで客へ見せる規則を作った。板金師たちは自分の名札の隣へ、革職人の名も刻んだ。
《真価確定:ユステラ 実売上寄与96%》
《売上順位:圏外→首位/役職:革端処理係→耐火装備部門長》