焦げ目を上に
武井梨沙の前には、事故報告書と焼き味噌おにぎりが並んでいた。
物流会社の事務室は午前零時を過ぎ、複合機の待機灯だけが点いている。夕方、得意先へ違う規格の商品を百箱送ったことが分かった。最終入力をしたのは新人だが、規格変更を口頭で指示したのは梨沙だった。
課長は帰り際、短く言った。
「入力者の確認不足でまとめて。取引先との話はこっちでつける」
新人は何も知らず、倉庫で返品の数を確認している。梨沙が本当の経緯を書けば、課長の指示に逆らうことになる。書かなければ、新人の評価に傷がつく。
新人は配属されてまだ二か月で、確認を重ねるたびに課長から遅いと叱られていた。今回の入力も、梨沙が急がせた結果だった。報告書一枚で済む自分と、最初の評価が決まる新人では、同じ一行の重さが違う。梨沙は分かっていながら、課長に逆らう怖さを公平さの問題へ言い換えていた。新人は始末書を書くため、終電を一本遅らせていた。
夜勤食堂の人が、売れ残りの焼き味噌おにぎりを一つくれた。表は薄いきつね色で、裏だけが黒く焦げている。味噌の香ばしい匂いが紙越しに残っていた。
梨沙は焦げ目を下にして持った。見えなければ、きれいなおにぎりに見える。報告書も同じだと思った。
白い側からひと口食べる。表面はやわらかく、裏の焦げだけが指へ硬く触れた。梨沙は二口目の前に、おにぎりを裏返した。黒い面を上にすると、欠点は隠れなかったが、どこまで焦げたのかは一目で分かった。
前歯で焦げ目を割る。苦みのあとに、濃い味噌の味が来た。
梨沙は報告書の〈原因〉欄へ戻った。新人の確認不足と書いた文字を消し、〈規格変更を指示した担当者の伝達不備〉と入力する。担当者名には自分の名を入れた。課長の口頭指示についても、時刻を添えた。
おにぎりを食べ終えるころ、黒い焦げは指先に少しだけ残った。梨沙は拭わず、その指で提出ボタンを押した。
新人の机には、白紙の始末書が置かれている。梨沙はそれを裏返し、何も書かれていない面を上にして帰った。