片方ずつの湯呑み

 片瀬野穂積は、山の麓で小さな陶房を営んでいる。

 二十歳の倉持柚希は、児童養護施設を出たあと住む場所を探しており、陶房の二階を借りることになった。家賃は安く、その代わり窯出しの日だけ手伝う。

 二人の関係を説明する言葉は、大家と店子、師匠と手伝い、たぶんその中間だった。

 食卓の湯呑みは、どれも一つずつしかない。

 試作品、色むら、口縁の歪み。二客そろわず売れなかったものを、穂積が家で使っている。

 柚希は薄い青、穂積は焦げ茶を選んだ。

「それ、俺のです」

 ある朝、穂積が青い湯呑みを使っていると、柚希が言った。

「家のだ」

「いつも僕が使ってる」

「所有権を主張するなら洗って戻せ」

「昨日、穂積さんが流しに置いた」

 裁判は穂積の敗訴になった。

 冬の終わり、青い湯呑みに細いひびが入った。

 柚希は捨てようとしたが、穂積が止めた。

「直す」

「売り物じゃないのに」

「使ってるものほど直す」

 二人で漆を塗り、金粉の代わりに真鍮粉を細く蒔いた。

 乾くまで何週間もかかる。

 その間、柚希は白い小さな湯呑みを使った。

「借り物みたい」

「全部、家のだ」

「青いのは僕の」

「さっき所有権は否定した」

「過去の判例は変更します」

 春、修理した湯呑みを食卓へ戻した。

 ひびの跡には、細い金色の線が走っている。柚希が番茶を注ぐと、線が湯気の中で少し明るく見えた。

「前より目立つ」

「直した場所は、なかったことにしなくていい」

 穂積は焦げ茶の湯呑みを持ち上げた。

 柚希は陶房で、自分の湯呑みを一つ作り始めた。

 青い釉薬を掛け、なるべく同じ形へしようとしたが、焼き上がると少し大きかった。

「二客にならない」

「同じである必要はない」

 穂積は新しい方を自分の前へ置いた。

 夕飯のあと、二人はそれぞれの湯呑みで茶を飲んだ。

 青い小さな器と、青い大きな器。並べると兄弟のようにも、親子のようにも見える。

「穂積さん、それ僕が作ったから」

「家のだ」

 今度は柚希が笑った。

 土間には焙じ茶と湿った土の匂いが残り、窯の余熱が壁を温めていた。

 二客そろいではない器が二つ、同じ卓の上でゆっくり冷めていった。