猟師たちの赤い線
山領ベルカでは、獲物が多い年ほど冬に飢える家が出た。
腕のいい猟師が鹿を独占し、毛皮商人へ丸ごと売るからだ。前領主は獲物の三割を税として奪い、宴会で食べきれず捨てていた。猟師たちは新しい領主バルトにも、同じ顔で背を向けた。
バルトは狩りを禁じなかった。広場に大秤を置き、目盛りへ赤い線を一本引いた。
「一頭を量り、まず猟師の家族一人につき五日分を返す。残った肉の五分の一だけ共同燻製庫へ。毛皮と角には税をかけない」
「五分の一でも多い」と古参猟師が言った。
「では計算しよう」
バルトは鹿一頭から取れる肉を、その場で切り分けた。家族分、売却分、共同分を別の台へ載せる。以前の三割税より、猟師の手元に残る肉も銀貨も多かった。共同分は、罠の修理をする者、猟犬を世話する者、怪我人の家へ、人数に応じて配る。配給記録は猟師組合が書き、領主館は印を押すだけ。
「俺たちを信用するのか」
「肉の重さは、私より皆さんのほうがごまかしに気づくでしょう」
翌朝、古参猟師が雌鹿を運んだ。秤の針が赤い線を越える。バルトが触れる前に、猟師自身が共同分を切り取った。
それを見た若者は野兎を二羽、罠師は干し茸を一籠置いた。燻製師は「肉だけでは偏る」と、作業代の半分を塩で受け取った。誰も徴税兵に追われていない。自分が倒れた日にも同じ棚が開くと分かっていた。
やがて毛皮商人が、冬前の最後の買い付けに来た。
「共同分も寄越せ。倍で買う」
古参猟師は一瞬だけ銀貨袋を見た。だが、燻製庫の札には、先週足を折った若者の家族五人分が書かれている。次に山で倒れるのは自分かもしれない。
「毛皮は売る。肉は赤い線までだ」
ほかの猟師も同じ場所で包丁を止めた。領主の兵に守られたのではない。自分たちで決めた線を、自分たちで守った。
月末、燻製庫の梁は肉で埋まった。
最後の一塊を吊るした古参猟師が、大秤の赤い線を塗り直す。
雪明かりの下、その一本だけは、誰からも隠されず鮮やかに残った。