王宮厨房の銀皿
晩餐会の試食を前に、料理長グラドはリゼット・オルファの鍋へ塩壺を逆さにした。
白い山が、琥珀色のスープへ沈んでいく。
「下働きが勝手に味を変えた。そういうことにしておけ」
厨房の若い者たちは目を伏せた。グラドは一か月前から、リゼットのまかないだけを床へ置き、失敗した皿を素手で洗わせていた。今夜は彼女が仕込んだスープを自分の新作として出すつもりだった。
「捨てて作り直します」
「時間はない。おまえが味見して、飲めると言え」
グラドは銀の試食皿へスープを注ぎ、皆の前でリゼットへ差し出した。
「舌まで役立たずなら、明日から来なくていい」
そのとき、王宮侍従長が厨房へ入った。王太后が食事を口にする前の、恒例の毒見立ち会いだった。
グラドは即座に笑顔を作る。
「この娘が塩を入れすぎまして。私が止めたところです」
「では、銀皿の記録を確認しましょう」
王宮の銀食器には、毒物混入を防ぐため、直前に触れた者と周囲の声を保存する魔法が施されている。グラドは料理長就任時、その管理誓約書へ自ら署名していた。
侍従長が皿の縁を叩く。
薄い銀光の中に、グラドの手が映った。塩壺を持ち上げ、鍋へ振り入れる指。続いて声が響く。
『下働きが勝手に味を変えた。そういうことにしておけ』
厨房が静まり返った。
グラドは皿を奪おうとしたが、銀光は次の記録を映す。昼間、リゼットの仕込んだ鍋から味見をし、献立札の作成者名を彼女から自分へ書き換える姿だった。
「厨房内の冗談です。厳しくしなければ、下の者は育たない」
「王家の食事を虚偽の報告で汚すことが、指導ですか」
侍従長は元の鍋を確かめた。リゼットが別に保管していた一杯は、塩も香草も正確だった。
「このスープを作った者は」
「私です」
リゼットは初めて、グラドより先に答えた。
侍従長はうなずき、王家の封蝋が押された巻紙を開く。グラドの料理長章を外しながら、その一文を読み上げた。
「グラド・メルゼ。職権乱用と晩餐妨害により、王宮厨房から永久解雇とする」