番号を渡さない夜
通信会社の夜間窓口で、藪下志温は「急に圏外になった」という電話を受けた。
自宅の無線電話からかけてきた男性は、端末を再起動しても戻らないと言う。同じ町で障害情報はなく、料金の滞納もない。ところが男性は、夕方から銀行の通知も届かなくなったと付け加えた。
志温は再設定の案内を止めた。
「今日、番号を他社へ移す申し込みをしましたか」
「していません。昼に通信会社の人から電話が来て、本人確認だけはしました」
画面にはMNPの処理が進行中と出ていた。男性は相手に、生年月日と契約情報を答え、届いたワンタイムパスワードまで読み上げていた。
志温は責める言葉を挟まず、回線保留をかけた。通常の故障受付に回せば、端末設定を試すあいだに番号が移され、銀行やメールの認証に使われるおそれがある。本人確認を最初からやり直し、他社への移行を取り消す専門部署へ直結した。
「私にも、その番号を言わないでください」
新しく届いた数字を男性が読み上げようとしたので、志温は遮った。正規の窓口でも、不要な番号は聞かない。それを体験してもらうことが、次の電話を見分ける助けになる。
専門部署につながるまで、志温は男性に銀行アプリを何度も開かせなかった。画面を確認するたびに不安は増え、偽の相手から再着信があれば、また操作してしまうかもしれない。連絡すべき先を紙に三つだけ書いてもらい、順番も固定した。案内を増やさないことも、被害を広げない手順だった。
処理が止まるまで七分。男性の携帯にアンテナ表示が戻り、銀行口座にも異常がないことが確認された。
「圏外だから、基地局の故障だと思っていました」
「圏外にした人がいる場合もあります」
志温は、警察と金融機関への連絡順だけを短く伝えた。通話が終わるころ、窓の外は白み始めていた。
引き継ぎ担当が席に着き、昨夜の件数を尋ねる。その横で次の電話が鳴った。
「機種変更をしたら、番号が消えたんですが」
志温は回線障害と決めつけず、申し込みの有無から聞き始めた。