白い粉は裏口から
江戸の菓子屋〈鶴亀堂〉の裏を通った岡っ引き見習いの伊佐次は、障子越しに店主の声を聞いた。
「白い粉は今夜、裏口から入れろ」
番頭が答える。
「お上には?」
「絶対に見せるな。客の口へ入れば、もう分からん」
伊佐次は壁へ背をつけた。近ごろ町では、南蛮渡りの怪しい薬が出回るという噂がある。
彼は先輩の同心へ報告した。
「一袋で一両だそうです」
「高いな」
「若い衆にも中身を言わない」
「匂いは?」
「甘いらしい」
「危ない薬ほど飲みやすくするものだ」
「さすが旦那」
「いや、今考えた」
二人はさらに盗み聞いた。
番頭が言う。
「混ぜる量は?」
「少しだ。多いと形が崩れる」
「客が癖になったら?」
「毎日でも買いに来る」
「役人も食べますよ」
「だからこそ、秘密にする」
同心は十手を握った。
「町奉行所まで取り込む気だ」
「菓子に見せかけた密売」
「まず現物を押さえる」
「味見は?」
「証拠保全だ」
「旦那、甘い物が好きなだけでは」
「捜査に私情を混ぜるな。二個押さえる」
その夜、捕り方十人が鶴亀堂の裏口を囲んだ。荷車から白い袋が運び込まれる。
伊佐次が飛び出す。
「御用だ! 白い粉を捨てろ!」
店主は袋を抱いたまま固まった。
「何のことで」
「客を癖にさせる粉だ」
「そうだが」
「役人にも食わせるつもりだな」
「明日の菓子競べの審査役だから」
「自白したな!」
袋を開けると、細かな白い粉が舞った。同心は指先ですくい、慎重になめる。
「甘い」
伊佐次が青ざめる。
「旦那、毒見を勝手に!」
「いや、これは砂糖だ」
店主が叫ぶ。
「和三盆ですよ! 隣の店に配合を盗まれたくないから、裏から入れたんです」
番頭が続ける。
「客の口へ入れば分からない、というのは生地へ溶けるからです。癖になるのは、うちの饅頭がうまいから」
捕り方たちは十手を下ろした。
同心は咳払いする。
「では、役人用の試作品を二個」
「証拠保全では?」
「味の確認だ」
白い粉の正体は潔白だったが、同心の甘党だけは、町中に露見した。