白い花を先に届ける
霞沢伊織が二基の供花を積んで斎場へ着いたのは、通夜の一時間前だった。白菊と百合を中心にした同じ大きさの花で、片方は「父へ」、もう片方は「母へ」と注文票にあった。
受付の係員が急かした。
「佐伯家は右の式場です。すぐ飾ってください」
伊織は一基目を台車へ載せたが、入口で止まった。右の案内板にも左の案内板にも、佐伯という姓がある。偶然、同じ夜に二家族の通夜が重なっていた。
係員は「右で間違いない」と言った。だが伊織は花の荷姿をほどかなかった。リボンに付けた札名は、右が「営業部一同」、左が「娘たちより」。注文票の連絡先へ電話すると、依頼主は三姉妹だった。
「母は左の式場です。父は十年前に亡くなっています」
一基は合っていた。もう一基は別の生花店が右へ届けるはずのものと、搬入口で置き場所が入れ替わっていた。伊織は台車を戻し、自社の管理札を確認した。水揚げした時刻と担当者印は一致している。花そのものを間違えたのではない。斎場側が、同姓だけを見て二基を同じ列に並べたのだ。
伊織は二つの式場の責任者を呼び、札を声に出して確認してから、それぞれの祭壇へ運んだ。右の供花には赤い実が少し入り、左には故人が好きだった薄桃の百合が一本だけある。包装を外す前なら直せる。祭壇に立ててしまえば、遺族は違和感を飲み込んだまま写真に残す。
左の式場で、三姉妹の末妹が百合に気づいた。
「母が選びそうな色です」
伊織は花に触れず、一歩下がった。
ほどなく別の生花店も到着し、右の式場用の札を見せた。二社の注文を突き合わせると、搬入口の担当者が同姓の台車を一台にまとめていたことが分かった。伊織は責任を問い詰めず、台車の取っ手に式場名を大きく貼らせた。通夜前に必要なのは謝罪より、次の一基を迷わせない印だった。
搬入口へ戻ると、別の車が結婚式場行きの花を待っていた。白い花を降ろした荷台には、今度は赤い薔薇が積まれる。伊織は札名を一枚ずつ読み上げた。別れの次に祝いが来るのも、花の配送では珍しくなかった。