白い靴紐

葛城未緒は、妹の白いスニーカーを膝に載せ、録音ボタンを押した。

退院して家にいられるのは、次の訪問看護までの一時間だけだった。することは決めてある。明日から実習へ戻る妹の靴に、新しい紐を通す。古い紐は灰色に汚れ、先端の透明な部分が割れていた。

「右の穴から入れる。左右を同じ長さにする」

自分の声が、テーブルの上のスマートフォンへ吸い込まれていく。妹は夜勤明けで眠っている。起こせば自分でできると言うだろうから、未緒は黙って靴箱から持ってきた。

妹の靴底は外側だけ少し減っている。急ぐと右足へ体重をかける癖まで、白いゴムに残っていた。未緒は左右を並べ、かかとの高さをそろえる。

白い紐は、指先から何度も逃げた。薬のせいで力が入りにくい。未緒は一段通すたび、音声へ次の手順を残す。

「交差させて、下から上。きつくしすぎると甲が痛い。ここは指一本ぶん」

まるで、来月も靴紐を替えるような口調になった。余命について録るつもりはなかった。妹があとで聞くのは、泣き声ではなく、朝の玄関で役に立つ声のほうがいい。

四段目で息が上がった。未緒は録音を止めず、背もたれに体を預ける。無言の三十秒に、壁時計と冷蔵庫の音、それから廊下で妹が寝返りを打つ気配が入った。消そうかと思ったが、そのままにした。人が黙って休む時間も、手順の一部だった。

最後の穴は、かかとが浮かない結び方にする。妹は急ぐと紐を踏む癖がある。

「上の穴は使わず、輪を作る。反対側を輪に通して、引く」

片方を終え、もう片方も同じ形にした。二足ではなく、左右一組。それだけなのに、テーブルの上が少し明るく見える。

未緒は立ち上がらず、靴の内側へ小さく丸めた紙を入れた。音声ファイルの保存場所を書いただけの紙だ。再生しても、特別な言葉は入っていない。

「最後は二回結ぶ。ほどけないように」

左右のつま先を妹が朝そろえる向きに並べる。白い輪を二つ重ね、未緒は結び目を親指で押した。録音画面の赤い四角に触れると、波形がまっすぐ途切れた。