白紙へ戻る聖誓
聖騎士オルフェンの背には、翼の形をした呪印がある。
翼の羽根一枚ごとに命令が書き込まれ、拒めば一枚ずつ肺が石になる。
教会はそれを「聖なる誓い」と呼んだ。
異端審問から戻ったオルフェンは、司祭ユーディトの前で血を吐いた。命令された村を焼けず、途中で剣を止めたため、右の肺が半分石になっていた。
「次の命令権をあなたへ譲ります」
大司教は羊皮紙を差し出した。
「あなたなら慈悲深く使えるでしょう」
契約書には、ユーディトの署名欄が空けてある。
そこへ名を書けば、オルフェンを救える。今後は彼女が「息をしろ」と命じ続ける限り、肺は動く。
だがそれは、優しい牢獄だ。
ユーディトは契約書を祭壇へ置いた。
「オルフェン。あなたは、何を望みますか」
「所有者への希望は許可されていません」
「私はまだ所有者ではありません」
「……では、命令を受けたくありません」
大司教が顔色を変えた。
「署名しなければ、その男は死ぬぞ」
ユーディトは聖杯の水を契約書へ注いだ。
普通の水なら文字は消えない。だが聖杯の水は、誓いの偽りだけを洗い流す。
《自ら望んで仕える》
その一文が最初に溶けた。
続いて所有者の名、命令、罰則が黒い筋となって流れる。最後まで残ったのは、オルフェン自身が幼い日に書いた本名だけだった。
背の翼が白く光り、羽根の文字が一枚ずつ剥がれる。
石になった肺が音を立てて息を吸った。
オルフェンは床へ倒れ、何度も咳をした。
やがて立ち上がると、教会の紋章が付いた盾を置き、扉から出ていった。
ユーディトは追わなかった。
自由は、追いすがって礼を求めるものではない。
夕暮れ、彼女が無人の礼拝堂で濡れた羊皮紙を片づけていると、扉が開く。
オルフェンが戻ってきた。教会の白い外套は脱ぎ、ただの旅装だった。
彼は新しい羊皮紙を祭壇へ置く。
そこには罰則も所有欄もなく、期間と給金だけが書かれていた。
「自由な護衛として、あなたに雇われたい」
「なぜ私を?」
「命令しなかった人の隣なら、自分の声を忘れずに済む」
オルフェンは自分の手で署名し、白紙だった契約を初めて自分の言葉で満たした。