百一冊目の在庫

土曜の開店前、戸塚美都は人気作家のサイン会用に積まれた本を数え直した。

百二十枚の参加券に対して、本は百一冊しかない。列の先頭には始発で来た高校生がいて、最後尾には幼い子どもへ読み聞かせたいという母親がいた。誰に渡らないのかを、在庫画面は教えてくれない。サイン会は本を一冊ずつ手渡す形式で、代わりの商品では埋められない。作家はすでに控室へ向かっていた。

在庫画面には百二十。後輩は昨夜、数字を確認して券を発行した。開場まで四十分で、すでに入口には列ができている。

「私、倉庫から出し忘れたかもしれません」

美都は謝罪文を書く手を止めさせた。入荷記録は百二十冊。売場の通常在庫から十九冊をイベント用へ移した履歴もある。ところが夜間の同期で、その十九冊は通常在庫へ戻され、午前中に通販注文へ割り当てられていた。通販分もすでに決済済みで、片方を黙って取り消せば、別の客の楽しみを奪うことになる。人が数え間違えたのではなく、イベント商品と通常商品が同じ番号で管理されていたのだ。

美都は参加券の受付を百一番で止めた。残り十九人へ、今日の入場と後日発送のどちらを選ぶか案内し、作家には不足分へサインをもらうための書票を用意する。後輩には列の前で謝らせず、選択肢を一人ずつ伝えてもらった。

「足りない事実は変えられない。でも、待った時間まで無駄にしない案内はできる」

在庫担当には、イベント分だけ別の商品番号を発行するよう依頼した。参加券の上限も、画面の数字ではなく、開始前の実数確認後に確定する手順へ変える。十九人のうち十三人はそのまま入場を選び、残りには送料を店側で負担することにした。

店長は、混乱なく始まった会場を見て言った。

「来月から副店長にする話、まだ撤回できる。出版社より、ここで上を目指した方が安定するよ」

美都は書店が好きだった。だからこそ、店頭で売れる本だけでなく、まだ知られていない本を店へ届ける側へ回りたい。転職先は小さな出版社の営業部で、最初に任されるのは注文書づくりだ。

百一人目へ本を手渡したあと、美都は休憩室で内定承諾書を開いた。

〈書店勤務で得た経験を、営業提案に生かす〉

志望理由の最後にそう書き足し、送信した。百二冊目から先を、別の場所へ届けるために。