百二段目で待っている
母校の校舎が取り壊されると聞き、私は休日に旧通学路を歩いた。駅から学校へ抜ける近道には、百二段の石段がある。上まで見上げると、足首が高校生の頃のように重くなった。
一年生の秋、私は毎朝この階段で同じ三人に待たれていた。鞄を隠され、髪を触られ、「冗談が通じない」と笑われた。誰にも言えず、始業ぎりぎりに遠回りするようになった。
ある雨の朝、六十段目に遥羽が座っていた。別のクラスで、話したこともほとんどない子だった。私を見ると、濡れたスカートを気にせず隣を叩いた。
「一緒に遅刻しよう」
助けるとも、先生へ言おうとも言わなかった。ただ私が息を整えるまで座り、残りの四十二段を同じ速さで上った。教室前で別れるとき、「明日もここにいる」と言った。
翌朝、遥羽は本当に六十段目にいた。その次の日も。やがて私は彼女と先生へ話し、階段で待つ三人はいなくなった。遥羽とは卒業後に疎遠になったが、「一緒に遅刻しよう」という不器用な言葉だけは、私の中で長く灯っていた。
今、私は相談支援の仕事をしている。誰かを急いで立たせようとするとき、自分が正しさの側へ逃げていないか迷う。昨夜も、休職したいという若い利用者へ、制度の説明ばかりしてしまった。
六十段目で腰を下ろす。石は秋の日を吸って温かい。スマートフォンを出し、その人へメッセージを送った。
〈昨日は先の話ばかりしました。今しんどいことを、もう一度聞かせてください。返事は急がなくて大丈夫です〉
送信してから、残りの階段を数えずに上った。頂上には工事用の柵があり、その向こうで校舎の窓が夕日を返している。
あの日の私は、誰かに救い上げられたのではない。隣に座ってもらい、自分の足で立てるまで待ってもらったのだ。
柵のそばには、取り壊し前の校舎を撮る卒業生がいた。私は写真に入らず、ただ石段の温度を掌に覚えさせる。残す方法は一つではない。
百二段目を踏む。取り壊されても、この道の続きは消えない。私は明日の面談で、まず椅子に座り、相手と同じ高さから話そうと思った。