百発百中亭の皿洗い
酒場《百発百中亭》では、代金を払えない客を的にして投げナイフの見世物を行う。
皿洗いのツムギは、店主に作られた借金証文を破る条件として、その的台に立った。壁には革帯があり、逃げられないよう両腕を固定される。
常連の投げ手ペヴァルは、百戦無敗を自称する男だった。
「耳を一枚落とすだけだ。皿を割った罰には軽いだろう」
最初のナイフが投げられる。
ツムギは壁に縛られたまま、洗い残した木杯を眺めていた。刃は耳へ届く寸前で横を向き、彼女の借金証文だけを壁から切り落とした。
客席から笑いが漏れた。ペヴァルは酔いのせいだと怒鳴り、今度は十二本を指の間へ挟む。
店主が止めるより早く、彼は店の秘蔵魔具《厨房千刃》まで起動した。室内のどこにいても刃が追尾する、魔獣解体用の危険な道具だ。
「一歩も動けないなら、全部当たる!」
十二本と百枚の刃が同時に飛び、油煙と砕けた皿の粉が的台を隠した。
煙が晴れる。
ツムギは革帯に縛られた同じ姿勢で、落ちてきた木杯を足先で受け止めていた。刃は彼女の輪郭を縁取るように壁へ刺さり、一本だけが店主の机にある偽造印を切断している。
さらに壁板が外れ、隠されていた本物の帳簿が床へ落ちた。割った覚えのない皿代、眠る場所の使用料、息をした回数まで借金に足されている。客たちは笑うのをやめ、帳簿と店主を交互に見た。ツムギが逃げなかったのは、証拠ごと守るためだったと皆が気づく。厨房の仲間たちが的台の前へ集まり、店主へ未払い賃金の返還を求めた。先ほどまで見世物だった少女が、今度は酒場全員の証人になっていた。
ペヴァルが異常に気づいたのは、百本すべての刃先が、命中直前に彼女から顔を背けていることだった。
「動いてない……回避じゃないだろ」
「だから、的役は向いていないと言ったんです」
ツムギは千切れた革帯を外し、床の証文を拾う。店の安全鑑定板が、被弾を検知できないまま彼女の耐久力を計算し続けていた。
数字は十、千、億と跳ね上がり、最後に一行だけ残した。
【防御値:測定不能】