百皿を売った料理名

珠莉が港町の食堂へ入ると、昼時なのに客は三人しかいなかった。

厨房からは焦がしバターと香草の匂いが漂い、皿には見事な白身魚が並んでいる。それでも外国船の乗組員は入口の献立板を見た途端、首を振って去っていった。店は三か月連続赤字で、今夜までに宴会予約が入らなければ釜を売る、と店主は帳場で妻に告げていた。

献立の交易語訳は『溺れた月』『森の未亡人』『子羊の最後の祈り』。

「詩人に大金を払って訳させた名だぞ」

店主は胸を張った。地元では料理名に物語を込めるのが格式らしい。しかし船乗りには、何が出てくるのか一つも分からない。

珠莉は前世で観光客向けの飲食サイトを担当していた。彼女は料理を一口ずつ味見し、板の裏へ書き直した。

『白身魚のバター焼き――檸檬と香草』

『茸の濃厚クリーム煮』

『子羊の炭火焼き――甘辛い果実ソース』

難しい由来は訳さない。皿に載っているものと、調理法と、味だけを書く。辛味の有無と骨の有無も、小さな印で添えた。それ以上は何も説明しなかった。

最初に立ち止まったのは、さっき帰った船乗りだった。

「白身魚、辛くないのか」

珠莉は「辛くない」の印として献立の一行を指した。男は銀貨を一枚置く。焼けた魚が運ばれ、皮を割る音とともに湯気が上がった。男が一口食べ、外の仲間へ親指を立てる。

十分後、三席が十八席になった。客は注文前に店員を呼び止めなくなり、厨房へ届く聞き直しは一時間二十六回から三回へ減った。

一時間後、白身魚は三十七皿、茸は二十四皿、子羊は十九皿売れた。前日の昼売上は銀貨十二枚。今日は七十八枚。厨房では皿が足りず、店主が自分で洗っている。入口には、献立を指差したまま次の席を待つ船員が列を作った。

雇われ詩人が「品格が失われた」と抗議したが、その横で外国船の船長が宴会予約票を広げた。

「明日の出航祝いに百人分。全員が読める、この献立で頼む」

店主は予約金の金貨十枚を両手で受け取り、震えながら珠莉を見る。

「月も祈りも売れなかった。魚なら百皿売れた」

彼は入口の献立板を珠莉へ渡した。

「うちの料理名は全部、君が訳してくれ。今日から給金は料理長と同じだ」