皇帝杯・毒耐久決勝
帝都大競技場、観客八万人。
『皇帝杯・毒耐久決勝! 挑戦者ナディル、前へ!』
実況の声に押され、奴隷番号しか持たない青年が中央へ進んだ。相手は皇帝バシュラム。競技と呼ばれているが、実態は反逆者を見世物にして殺す公開刑だ。
第一杯は〈蠍后の涙〉。
ナディルが飲むと、競技場を囲む巨大な測定板に数字が走った。
《推定損傷 一二万》
《生存可能時間 三秒》
観客が唱和する。三、二、一。
過去の挑戦者は、その「一」が終わる前に骨だけになった。救護班も動かない。救う競技ではないからだ。
ナディルは倒れなかった。杯を胸の高さに持ったまま、静かに皇帝を見ている。首輪の下には、これまで他人の盾にされた無数の古傷があった。だが今、新しい傷だけは一本も増えていない。
『き、奇跡か! 測定板に変化が――ありません!』
バシュラムの眉が動く。彼だけは知っていた。蠍后の涙は、昨夜囚人三十人で試し、全員を一秒で溶かした本物だ。実況席の声が途切れ、八万人の歓声が、初めて皇帝を疑う沈黙へ変わった。
「余興が長引いたな。最終杯を」
運ばれたのは、液体ではなく小さな黒い恒星だった。禁術〈夜核〉を酒に封じたもの。飲めば体内で重力崩壊を起こし、肉体も魂も一点に潰れる。
ナディルはそれも飲んだ。
光が消え、轟音が遅れて来た。黒煙が円形闘技場を満たし、結界が悲鳴のように軋む。皇帝は玉座の肘掛けを握り、今度こそ終わったと笑った。
煙が晴れる。
ナディルは同じ姿勢で立っていた。衣服すら裂けていない。空の杯だけが、重力に耐えきれず砂になって落ちた。
測定板が激しく明滅する。
《推定損傷 算出不能》
《生命値 減少なし》
《防御機構 該当なし》
「何をした!」
皇帝の叫びに、ナディルは首輪を指した。
「奴隷職〈受け皿〉。あなた方は、他人の攻撃を代わりに受けるだけの職だと思った」
首輪が砕け、隠されていた説明文が空中に開く。
《受けた力を上限なく収容し、害として確定させない》
競技場の測定板が最後の判定を出し、すべての数字を消した。
《防御値 測定不能》