眠る弟の起こし方

久世戸真琴が十歳の息子・硯生に予備肉体を作ったのは、彼が先天性の肺疾患を持っていたからだ。

医師は「将来の臓器交換用です」と説明した。成長槽の個体には意識を持たせず、硯生と同じ速度で体だけを育てる。母親として当然の備えだと、真琴は自分に言い聞かせた。

七年後、深夜に培養施設から警報が届いた。

教育AIの誤作動で、予備個体に言語領域が形成されたという。廃棄か、初期化か、人格登録か。選択期限は四十八時間。

真琴が面会室へ入ると、ガラスの向こうの少年は硯生と同じ顔で椅子に座り、紙飛行機を折っていた。

「僕は、何番?」

最初の質問がそれだった。

施設では個体をR-2と呼んだ。R-2は硯生の生活映像を教材として見ていたため、家の間取りも、飼い猫の名前も知っていた。ただし、自分がそこにいなかったことも理解していた。

硯生は弟の存在を知ると、怒った。

「僕が病気だから、代わりを作ったの?」

「代わりじゃない。肺をもらうため」

「それ、もっとひどいよ」

その冬、硯生の容体が悪化した。R-2の片肺を移植すれば助かる。人格登録すれば、本人の同意が必要になる。初期化すれば、予定通り手術できる。

管理AIは生存確率を並べた。硯生九四パーセント、R-2七一パーセント。数字は母親に決断を迫った。

真琴はR-2にすべてを話した。

少年は長く黙り、紙飛行機を一つ差し出した。

「片方なら、あげる。でも、起きたままでいたい」

硯生は泣いて断ったが、R-2は言った。

「兄ちゃんが死んだら、僕は生まれた理由を嫌いになる」

手術は成功した。

R-2は「悠生」という名前で戸籍に入り、退院後、兄と同じ家へ来た。二人は顔が同じなのに、好きな食べ物も歩く速さも違った。硯生は走れるようになり、悠生は息切れしやすくなった。それでも兄弟は毎朝、どちらが遠くまで紙飛行機を飛ばせるか競った。

真琴の人生は、病気の子を守ることだけでできていた。

悠生を迎えてからは、守るとは奪わないことでもあると知った。

彼女は二人分の弁当を作り、同じ顔に違うおかずを詰めた。