石の花嫁
婚姻の最初の口づけは、夫婦のうち身分の低い者へ、相手が受けている最も古い呪いを移す。
ヤスミナは礼拝堂の扉に刻まれた文を、三度読んだ。
祭壇で待つドレヴ侯は、右肩まで石になっている。十年前、王子を庇って受けた呪いだ。石化は毎年指一本ぶん進み、今朝、胸の中央へ届いた。医師は夜明けまで持たないと言った。
二人の婚姻は、侯爵家の後継を守るための契約と公表されている。下町の石工の娘を急に妻へ迎えるのは、彼女が遠縁だから。そういう筋書きだった。
本当は、ヤスミナの身分が必要だった。
「口づけさえしなければいい」ドレヴは、動く左手で契約書を破ろうとした。「婚姻だけ結び、王子が来るまで時間を稼ぐ」
王子は来ない。呪いを受けた恩人より、祝宴を優先した。それを告げた従者は廊下で泣いていた。
ヤスミナは石工だった父の鑿を袖に忍ばせていた。石化した者は意識を失わない。ただ声も身動きもできず、何十年も砕けるまで生きる。父も同じ呪いを受け、工房の隅で十四年、像として家族を見ていた。
幼いヤスミナは毎朝、父の石の頬へ話しかけた。母が病んだ日も、初めて賃金を得た日も。最後に家を売るため砕いたとき、鑿を振ったのも彼女だった。
だから、石になる怖さを誰より知っている。
「あなたは私の父の治療費を、名も告げず払い続けた」
「同情だ」
「私を雇った石工組合も、あなたが作った」
「罪滅ぼしだ」
「では、今度は私が勝手に罪滅ぼしをします」
ドレヴの石化していない目が怒りに濡れた。
契約では、彼の死後、ヤスミナの妹へ工房が渡る。妹はもう、冷たい像へ朝の挨拶をする必要がない。
司祭が逃げるように目を伏せた。誰も口づけを命じてはいない。これは政略でも愛でもなく、彼女だけが選ぶ損失だった。
ヤスミナは父の鑿を祭壇へ置き、ドレヴの石の頬を両手で包んだ。
「今度は、壊す人を決めておきます」
唇が触れる。
彼の胸から灰色が引き、代わりにヤスミナの足先から、重く冷たい石が這い上がった。