砂玻璃猫のひび割れた肉球
砂漠の隊商が水場へ着くと、砂玻璃猫が泉を塞いでいた。
透明な毛先が陽光を弾き、寝返りを打つだけで砂嵐が起こるという巨大な猫型魔獣だ。護衛たちは弓を引き、商人は水樽一つにつき金貨を積むから討てと叫んだ。
地図描きのニコラは、猫の足跡を見て首を傾げた。
泉へ向かう跡はあるのに、戻る跡がない。しかも砂に残った右前足の形だけ崩れ、点々と血が落ちている。
「泉を守っているんじゃない。歩けなくなったんだ」
ニコラは外套を脱ぎ、両手に巻いた。砂玻璃猫へ近づくたび、熱風が頬を打つ。猫は牙を見せたが、尾は腹へ巻き込まれていた。
足元まで来ると原因が分かった。乾燥した肉球が深く裂け、細かな硝子砂が傷へ入り込んでいる。
「痛いよな。水を借りる代わりに、治療させてくれ」
水袋の最後の一口を、自分ではなく布へ注ぐ。隊商から怒号が上がった。けれどニコラは裂け目をゆっくり洗い、硝子片を一本ずつ拾った。
猫は苦痛で地面を掻き、砂柱を立てる。ニコラの背後で護衛が矢を放とうとした瞬間、彼は猫の前へ体を入れた。
「暴れてるんじゃない。耐えてるんだ」
薬用油を塗り、外套を細く裂いて足を包む。四本すべてを確かめると、別の足にも小さなひびがあった。ニコラは予備の羊皮紙まで細く裂き、包帯の下へ敷いた。完成しかけの地図だったが、痛みを減らすほうが今は役に立つ。
治療が終わるまで、砂玻璃猫は一度もニコラを傷つけなかった。
やがて猫が立つ。一歩、二歩。透明な足跡の中から清水が湧き、干上がりかけた泉がみるみる満ちた。
猫の額に砂時計形の光が浮かび、ニコラの胸へ移る。古地図にはない水脈が、彼の頭の中へ一斉に描き出された。
商人が態度を変え、「専属地図師に」と近づくと、猫は低く唸って追い払う。
そしてニコラの傍らへ座り、包帯を巻いた前足を彼の膝へ載せた。透明に見えた毛は触れると驚くほど密で、乾いた夜の毛布のようだった。太い足の重みが両腿を押さえ、その奥の体温が、砂漠で失くしかけた帰る場所を静かに灯した。