禁帯出の卒業アルバム
書庫の奥に、古い卒業アルバムが並んでいた。
図書委員の整理当番で見つけた僕は、自分の生まれる前の一冊を開いた。色あせた集合写真の端に、母がいた。
今よりずっと髪が短く、笑っていなかった。
母はこの学校の卒業生だと知っていたが、学校の話をほとんどしない。文化祭も部活も「忘れた」の一言で終わる。
ページをめくると、図書室の写真があった。窓際に座る母の向かいに、眼鏡の女子生徒がいる。二人の間には同じ本が開かれていた。
そのとき、司書の先生がアルバムをのぞき込んだ。
「懐かしい」
先生は写真の眼鏡の生徒だった。
声を上げそうになり、図書室なので飲み込んだ。
二人は親友だったという。毎日ここで本を読み、卒業後も同じ町に残る約束をした。けれど卒業式の前、進路をめぐってけんかをした。先生は司書を目指して遠くへ行き、母は家の事情で就職した。謝れないまま何年も会わなかった。
「お母さん、元気?」
「元気です」
それだけ答えると、先生はアルバムを閉じた。
「この本、禁帯出だから持って帰れないの」
聞かれていないのに言った。
僕は母へ何も話さなかった。ただ、翌日からアルバムのページを少しずつ写真に撮った。規則違反だと分かっていたが、母の知らないふりをしている顔より、写真の中の不機嫌な顔のほうが本物に見えた。
週末、母に一枚だけ見せた。
図書室で二人が向かい合う写真。
母は長い間、画面を見た。
「先生、まだいるの」
「いる」
「そう」
それで会話は終わった。
月曜の放課後、図書室のカウンターに母が立っていた。仕事帰りの服で、手には古い文庫本を持っていた。
司書の先生は貸出作業の手を止めた。
「返すの、遅くなった」
母が言った。
先生は本を受け取らず、表紙を見た。
「三十年延滞」
「罰金、払えるかな」
「ここは取らない」
二人とも笑わなかった。でも、帰らなかった。
僕は書架整理をするふりで遠くへ移った。話の内容は聞かなかった。静かな図書室では、聞こえない距離を作ることも親切だと思った。
閉館後、母はその文庫本を僕に見せた。巻末に二人の名前と、『卒業しても続きを話す』という落書きがあった。
「続き、話せた?」
僕が聞くと、母は本を胸に抱えた。
「まだ最初のページ」
古い卒業アルバムは書庫へ戻した。禁帯出のまま。
けれど、その中で止まっていた時間だけは、図書室の外へ持ち出された。